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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
日本人は“事情聴取”好き?

2018-02-06 Tue 20:03
 最近テレビを点けると、どの局も外国人を通じて日本の魅力を紹介する内容の低予算番組ばかりですね。

 そんな番組を多々見ていたら、あることが気になりました。それは日本人が(仲良くなる目的で)初対面の外国人に話しかける時、ほとんどの日本人って“事情聴取”方式だよなぁ、ということです。いや、番組に関係なく日本人同士が打ち解けようとする時も大差ないかも知れませんが…。

 初対面の相手に

「名前は?」
「出身は?」
「仕事は?」
「来た目的は?」
「家族構成は?」
「趣味は?」
「好きな○○は?」

日本人特有なのかどうかはよく分かりませんが、想像するに不安なのでしょうね。不安だから自分との共通点を探して安心したがるのでしょう。何かひとつ共通点が見つかれば

「アメリカ出身ですか!私行ったことあります!ディズニーランドとユニバーサルスタジオ最高でした!!」
「北海道?!うちの家内と同じですよ!!函館なんですけどね…」
「日本のアニメが好きなんですか!私も好きです。私の一推しは○○というアニメでして…」

みたいな流れに持ち込めば打ち解けられる。そう考えるのでしょう。

 でもよく考えると、こういう流れになって嬉しいのは、どちらかというと相手よりも“自分”ではないですか?相手を自分の得意分野に誘導し、会話の主導権を握れる。自分の知識を披露できる。もちろん悪気なんてないのでしょうが、結果的に相手はせっかく日本に来て、さあこれから念願の日本グルメ、文化を満喫するぞ、と思ったら自国のローカルネタに付き合わされたり、個人情報を根掘り葉掘り訊ねられたりでは、調子狂いそうです。というか異国の地で自分だけ“丸裸”にされるようであまり愉快ではなさそう。

 ですので私はそんな時、まずは自分ではなく相手を嬉しがらせるよう、心掛けています。事情聴取ではなく例えば相手の何かを褒める。

「こちらではなかなか見ないタイプの素敵な帽子ですね。いいなぁ」
「赤いセーターがお似合いですね。私も赤は大好きな色です」

嘘でもいいんです(笑) 褒められて嬉しくない人はあまりいないと思いますし。あくまでも会話のフックです。

 または、自分の感情を出してみる。

「外国の方とお会い出来るのが嬉しくて昨夜は眠れませんでした!」
「私の拙い英語が伝わるかドキドキしています」

その後ある程度打ち解けたら徐々に出身地なり趣味なりに触れればよいというわけです。

 こいうことを考え、実行してみるのも日本お得意の「おもてなし」のひとつだと思います。

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仮名集団

2018-02-03 Sat 00:00
 先月、15年振りに高校時代の親友・Aと再会したことを、ここに綴らせていただきました。

 私の高校時代の親友は、さらにもう一人、この日は参加しませんでしたがNという人物もいます。かつてはこの二人に私を加えた三人で遊んでいたわけです。

 …と、この程度はよくある話ですが、我々にはちょっと珍しい慣習があります。高校時代からお互いの名前やそれに纏わるあだ名…例えば山田君なら山ちゃんとか…そういった呼称で呼んだことがないのです。言い換えると、それぞれの名前とは全く関係の無い呼び方でしか呼んだことがない。

 例えば、Aの呼称は彼の氏名とは全く無関係の「天地(あまち)くん」。Aは昔少年ジャンプに連載していた「ついでにとんちんかん」というギャグ漫画に登場する警官の天地くんにそっくり(?)だったからです。

 Nも同様に「ドラえもん」の野比のび太に似ていた(?)ため“野比(のび)”。

 では私はというと、二人のあだ名とはちょっと性質が異なり、Aの中学時代のクラスメートの大作君(?)に似ていたそうなので“大作(だいさく)“または”大ちゃん”。ただしこの呼称はなぜがほとんど使われたことはなく、彼らは極力私を名前(あだ名)で呼ばずに済む会話の流れを心がけていたように思います。

 今回も15年振りの再会でしたが、私は昔のまま遠慮なくAを“天地”と呼び、Aは私の名を呼ばずに済む会話を心掛けた。そこにいないNの話題では当然“野比”と呼んだのでした。

 そしてちょっと面白かったのがお開き間際の出来事。

私「今日は楽しかったな」
A「そうだな。でも今度は絶対に野比も呼ばないとな」
私「うん。久々に三人で会いたいよな。(自分のスマホの電話帳を検索しながら)でも野比の連絡先って、残ってたかな…ああ残してあるよ。番号変わってなければいいけど」
A「(自分のスマホの電話帳を検索しながら)…あれ?こっちはないぞ!まさか消しちゃったのかな?!」
私「…おい天地、お前『の』で検索してない?
A「あっ!ホントだ(笑)…あれ?あいつの名前って、何だっけ?(笑)」

…まぁ15年振りですからこんなものですよね(笑)
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ひたすら「安さ」を検討する男、すぐに「安さ」以外を考え始める女

2018-01-30 Tue 21:28
 1月26日に放送された「ノンストップ!」(CX)という情報番組が、夫婦間の節約意識の違いについて特集し、そこで40代男性からのこんな投稿を紹介したそうです。

・妻から新規オープンした激安スーパーに行きたいとせがまれた投稿者。
・妻は「近所のスーパーより安かった」と喜んだが、自宅から車で往復1時間以上。ガソリン代や時間等考えると必ずしも安いとは言えず。
・目先の安さしか見ずに節約した気になっている妻の気持ちが全く理解出来ない。

私はこれを聞いた瞬間、一昨年読んだ五百田達成著「察しない男 説明しない女 男に通じる話し方 女に伝わる話し方」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を読んでいれば説明出来そうな事例だな、と思いました。

 このような男女による思考の違いは、男女の脳のスペックの違いによるものらしいです。男性の脳は例えるなら旧式のパソコン。ひとつの作業をコツコツ続けるのは得意ですが、一度にたくさんの情報を高速処理するのは苦手。だから「安い」というキーワードが出ると、そこだけに焦点を当て、「安い」についてひたすら客観的に考え、結論を出したがる、というイメージです。

 実際、私の予想通りゲストの庄司氏(品川庄司)は

「女性は全体が見えていない。(我が家では)遠出してアウトレットにも行くが、(妻は)『安い』といいつつ無駄なものまで買ってしまう」

と意見。婦人公論元編集長の三木哲男氏も「安さ」に釣られてしまう女性心理に苦言を呈したそうです。

 彼らの意見は典型的な男性思考。何ら間違っていない極めて正しい意見です。恐らく「女は何も分かっていないバ○な生き物だ」なんて決めつけたまま余生を送りそうです。

 それに対し女性側の意見はというと、ハイヒールリンゴ氏は、

「女性は安さ以外にもそのスーパーの特性(強み)を見ている。長い目で見たら節約に繋がる」

と主張。千秋氏も

「女性にとって普段と違うスーパーに行くのはディズニーランドに行くのと同じ。行ってみて『安い安い』とテンション上げて帰ることが大事なので無駄ではない」

と、節約以外の効用があると語りました。

 そうです。旧式パソコンの男性脳と構造が少し異なる女性脳は、ハイスペックな最新パソコンのようなもの。確かにきっかけは「安いから行こう!」ですが、次の瞬間には

(焼きたてのパンはあるのかな?あったらお友達と実家のお母さんにも買ってあげよう)
(肉は近所のスーパーよりもいい肉だろうか?肉が買えたら夜はすき焼きにしようか?焼き肉の方が子供は喜ぶかな?)
(マルシェで売ってるような珍しい野菜もあると嬉しいな)

など、「安い」以外のたくさんの情報を同時進行で処理し始めており、いつの間にか「安い」はさほど重要ではなくなっていたりします。「安い」のみを考え続ける夫が暫くして「やっぱりガソリン代を考えたら損だよ」なんて言おうものなら

「(こんなに楽しみにしてる)私の気持ちがどうして分からないのよ?!」

なんて怒られたりして(笑)

 だから女性もリンゴ氏、千秋氏が言ったようなことを具体的に言葉にすべきだと思います。

「安いのが一番だけど、近所では買えないものが手に入るかもね」
「休日に遊びに行くと思えば安上がりね」
「肉が買えたら夜は焼き肉にしましょう」

などと言ってあげて欲しいですね。そこで初めて夫の視野が広がると思います。

 男性・女性、両者の思考に正解・不正解はありません。ですので、お互いの価値観や思考パターンを具体的に相手に伝え、お互い「男(女)とはこういうもの」と理解し合えると、より幸せになれそうな気がしますね。


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行列に並んで「遅せぇな!」と呟く理由

2018-01-20 Sat 09:40
 昨年からラーメンに凝っている私は、たまに順番待ちの行列に並ぶことがあります。そんな時、しばしば遭遇するのが「遅せぇな~!」といった不満を口にする輩。そんな輩と遭遇してしまった日はテンション下がります。大の男がみっともないですよね。

 そりゃ誰だって忙しいでしょうし、席が空いていて並ばずにすんなり入れれば万々歳。並ぶにしても少しでも早く自分の番が回って来て欲しいと願う気持ちは私も同じ。

 でも人気店に来た以上、並ぶのは仕方ないし、覚悟して黙って待つべきです。私は並ぶのも楽しみの1つ、ラーメンをより美味しく感じさせるスパイスだと割り切るようにしています。でなきゃラーメン1杯のために長時間並ぶなんて馬鹿馬鹿しくてやってられませんよ~(笑)

 というかむしろ、あぁ、この人たちは自分と同じ嗜好と目的を持ってここにいるんだ、と一体感を覚えて喜んでいるのに「遅せぇな~!」「まだ食い終わらないのかよ!」などと呟かれると興醒めです。逆にラーメンが不味くなるので、せめて不満に感じても声には出さないで欲しいものです。

 それにしても不思議です。仲間と一緒に並ぶ人が「それにしても遅いな~」「そうだね、あと何分くらいだろうね」などと会話するのはまだ自然ですが、なぜお一人様が他人に聞こえるように文句を言うのでしょう?

 私が想像するに、その原因はSNS全盛期ゆえの勘違いだと思っています。本来よほどのことがない限り、自分の感情は公共の場、周囲に他人しかいない場所では抑えるものだと思います。他人の前で無闇に喜怒哀楽を曝け出すのはみっともない、という価値観が普通でした。

 ところがSNSが生活の一部になったことで、楽しいことも嬉しいことも、不安なこともムカついたことも、いちいち曝け出したがる人、それに対する“共感”という名の反応を期待する人が増えてしまった。困ったことにそれをネット世界のみならず、現実世界にも持ち込んでいるのでしょうね。

 だとしたら迷惑千万です。
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人は見た目が一番…多分

2018-01-18 Thu 22:16
 SKE48を卒業し、現在は女優業中心に活躍中の松井玲奈が、最近ヘアカラーを金髪からオレンジがかったブラウンカラーに変えたそうです。しかしそれを伝えるブログ記事が、遠回しな表現を選びつつも彼女にしては珍しく攻撃的、憤りを伴っていたためちょっとした話題になりました。

 彼女によると、髪の色を変えた理由は、前回金髪にした時の一部のファン(?)の反響。これまで暗めの茶髪や黒髪など、落ち着いた髪色の印象が強かった彼女が昨年末に大胆に金髪へとイメチェンすると、「社会不適合だ」「仕事のことを考えてない」「本気じゃないんだ」などと言われ、傷ついたようです。

 彼女としては仕事に支障がないことを確認した上で、純粋に新しい自分探しのつもりで金髪に挑戦しただけなのに、自身の中身、人間性よりも見た目で判断されたことを嘆いているようです。

 私は何を隠そう、7年前のAKB48の選抜総選挙で、初めて“清き1票”を投票したのが、この松井玲奈でした。彼女は決して好きなタイプではありませんでしたが、真面目に仕事に取り組む姿勢とプロ意識の高さ、そして常にファン、メンバー、スタッフ、家族を思い遣る優しさに惹かれ、応援したいと思ったのです。熱心なファンではありませんが、それ以降もネットニュース程度はチェックしてきた私が見ても、彼女がこれほど怒りを表したのは珍しいと思いました。

 ただ、彼女の訴えは

「大事なのは中身で、その人の人間性を好きになれる人になりたい」
「誰かに好かれる自分じゃなくて、自分が好きになれる自分でいたいです」

などから想像するに、若者ならではの葛藤か?ちょっと微笑ましくもあります。私も若い頃に似たような訴えをした気がしますし。

 彼女もSKE48という看板が外れ、今後女優として芸能界で生き残れるか?何か他に出来ること、可能性はあるのか?もがいている最中なのかも知れません。未体験の金髪へのイメチェンで、今までと違う自分と出会える可能性に期待する気持ちは私にも想像出来ます。まぁ、一般の会社員ではなく芸能人ですし。一度試してみたのはよいことです。

 しかし残念ながら本人がどれほど“中身”に自信を持っていても、それを素直に評価する人以上に、見た目で人の善し悪しを判断する人の方が圧倒的多数。それが現実です。

 分かりやすく例えるなら、不潔で臭いとズボラでだらしない人、太っていれば自己管理が出来ない人、金髪だとチャラチャラした、もしくは反社会的な人、などと取られてしまいがち。仕方のないことです。その後つき合いを重ねれば人間性を評価してもらえるかも知れませんが、そこに至らずに関係が途絶えてしまうことが多いです。

 したがって、金髪にして得るものよりも失うものの方が大きいというのが一般論。私はそう思います。そういう意味で自分の応援する人が金髪だと、似合う似合わないはともかく、大丈夫かな?とちょっと心配してしまうわけです。

 まぁ彼女は芸能人ですから、必ずしも一般論に当て嵌めるのは正しくありませんが、このように考えれば今回の一連の批判も、彼女のことを心配するからこそ、発せられた意見なのだ、と受け止められますよね。

 彼女のように真面目に頑張る、性格もよさそうな人が、こんなくだらないことに引っ掛かって停滞するようではもったいないです。

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昔話の酒の席

2018-01-16 Tue 18:27
 私事で恐縮ですが、先日高校時代の親友との15年ぶりの再会が実現しました。

 例え長年会っていなくても、会えば瞬時に昔に戻れるのが親友(友達)、と言う人もいますが、ブランクが長いだけにちょっと心配でした。しかし再会してみれば…まずお互い見た目がほとんど変化しておらず一安心(笑)

 そして場所をお店に移し、食事がてらお酒を飲みました。まずはお決まりの近況報告…も、少し。でも、お互い不思議とそういうことにはあまり興味がないというか、とにかく再会できたことを純粋に喜びました。

 そしてひたすら昔の、楽しかった高校時代の思い出…過去に何十回も回顧してきたことばかりですが、ああだこうだ言い合うのは本当に楽しくて。何度も口の中のものを吹き出して、そのたびに「ゴメン!」と謝りながら爆笑しました。あまりにも楽しかったためか、最悪1杯でダウンしてしまう苦手なお酒も珍しくそこそこイケました。ビール1杯に焼酎のそば湯割りを5、6杯も飲んだのにちゃんと家まで帰れましたし。

 こういう状況で友達同士が再会すると、つい“自慢大会”になったり、自分の好奇心を満たそうと“事情聴取”のごとくあれこれほじくり返したくなりがちですが、そんな心配は無用でした。というか最初から必要なかったんでしょうね。

 私たちがともに過ごした高校時代は、友達ってお互い何の利害関係もなく、純粋に気が合うという理由だけで仲良く出来ましたっけ。だから久々に再会しても心の時計の針を戻すだけで、当時と同じように向き合える。それ以降の友達とは何かしらのメリットを求めて繋がっていたかも知れません。「あいつはゴルフの時に車を出してくれる」とか「あいつは合コンのネタを持っている」とか。それだと今回のように久々に会おうという気になったかどうか?疑問です。

 楽しかった思い出話、昔話を語り合う間柄。生産的でも合理的でもありません。私も以前なら否定したと思いますが、今はそんな人間関係がひたすら大切です。

photo1

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 飲んだお店が普通の蕎麦屋だったのもオツでよかったです。たまにはイイですね(笑)


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本気なら即叶う久々の再会

2018-01-10 Wed 07:25
 もう何年も、下手すりゃ10年以上ご無沙汰な友人知人からの年賀状に、しばしばこんな文言を目にします。

「今年こそ会いましょう!」
「今年は飲みに行きましょう!」

社交辞令だよな、他に書くことなくて苦し紛れに書いたのだろうな、とは思います。実際そういった人から、後日改めてお誘いを受けたことありませんし。まぁ、それは構いませんが、さすがに同じ人から毎年繰り返されるとウンザリしますね。会う気なんてないくせに。もう年賀状は無理して送らなくていいよ、という気持ちになります。

 私の高校時代の友達は3人しかいません。高校時代の3年間はちょっとした暗黒時代でしたもので(笑)

 そのうち2人とは卒業後も頻繁に会っていましたが、やがて年賀状のみの遣り取りになってしまいました。寂しいことですが、やはり毎年「今年は飲みに行きましょう」的な文言の繰り返しとなり、そのうちそれすらもなくなってしまいました。

 私もこれだけブランクが出来てしまうと、お互い価値観のズレも広がっているだろうし、今さら会っても何かと面倒だろうな、と諦めるようになりました。でも今年は違いました。友人2人のうち1人から、LINEを通じて久々に新年のメッセージが届いたのです。こういう時はSNSって便利だなと思いますね。

 彼にどんな心境の変化があったのか?いや人間年を重ねるとそう考えるようになるものなのか?分かりませんが、

「今年は3人、最悪2人でもいいから会おう。じゃないと永遠に会えなくなる」

という言葉に彼の本気を感じました。自分はこんな提案出来なかっただけに彼には感謝しかありません。私ももちろん賛成ですから、すぐに返信。あとはトントン拍子で日時が決定しました。15年ぶりの再会は目の前です。

 とりあえず当日は、いくらかつての親友が相手でも、こちらの話を一方的に押しつける流れにならないよう、気をつけます(笑)



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SNS化、コスプレ化する成人の日

2018-01-09 Tue 20:49
 「成人の日」の昨日。テレビに映る、奇抜な装いではしゃぐ一部の成人を見て思いました。昔から他者と違った格好をして成人式で目立とうとする若者はいますが、昨今それが“SNS化“もしくは”コスプレ化”しつつあるように感じます。

 “インスタ映え”ではありませんが、実生活が地味で誰からも注目されない人ほど、この機会に奇抜で目立つ格好をして“個性”を演出、目立ちたいのでしょうね。特に花魁のように着物を纏ったり、余計なアイテムを髪や体に付けたりして個性を強調する人を見ると、まるでコスプレイベントの会場かと錯覚します。

 逆に人生リアルに充実して忙しい人ほど、普段と大差ない格好で参加するのだろう、と想像します。もちろん女性が着物を着るのは別ですよ。

 まぁ“一生に一度の晴れ舞台”ですし、成人として自己責任で選択したことですから、個人の自由ですけれどね。

 でも、人生の先輩として偉そうにアドバイスするなら、晴れ舞台は一生に一度といわず何度でも設けてやる、くらいの心づもりで生きて欲しいですね。

 例えば成人式用の衣装を買う予算が20万円ある場合、日頃から仕事でもプライベートでも色々なイベントに誘われ、人と出会う機会が多ければ、そんな時にも着られるちょっと上質なスーツやシャツを買うと思うんですよね。

 しかし仕事もプライベートも毎日同じことの繰り返し、昨日したことを当然のように今日も明日も繰り返す。そんな誰からも興味を持ってもらえない日常を送っていると、珍しく自分にスポットライトが当たる成人式に必要以上に鼻息が荒くなりがち。ついこの日しか着られない衣装、別の日に着るには恥ずかしく、売りたくても売れない衣装に大金を使ってしまうんですよ。

 まぁ、それも一つの価値観ですが、後々何かと後悔する可能性が高いと思います。私などはテレビでそんな奇抜な格好の若者を見ると、いつも(あぁ、日頃誰からも注目されない子なんだろうな、SNS大好きで日頃からリア充アピールしてる人なんだろうな)なんて想像してしまいます。

 世代の違いによる思考のズレなのかも知れませんが、仕事でも学業でもプライベートでも、表面上の面白さではない、もっと実質的な何かを磨いて個性をアピールして欲しいですね。

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興味ないお喋りに真剣に付き合うメリット

2017-12-26 Tue 21:31
 今年最後の散髪に、と訪れた理髪店で、理容師のお兄さんがこんなエピソードを披露してくれました。

 地域の理髪店組合の忘年会に遅れて参加した彼は、自分よりも遥かに年上…70代と90代の老人に挟まれた席を与えられてしまったそうです。(もっと話題の合いそうな、同世代か若い人がよかったなぁ)と思いつつ、仕方なくその席に着くと、既に酔ってご機嫌な老人達から一方的に自身の戦争体験談や好きな昭和懐メロの話を熱く語られたため、彼はかなりの精神的苦痛を強いられたのだとか。

 直前まで仕事でお客さんとの世間話に付き合って、さあ一息つこうか、というタイミング。そこでまた興味のない話題、それも媚を売っても直接メリットなさそうな相手の自己満トークに付き合わされるとは、確かにお気の毒です。同情しました。

 まぁ年配男性、それもお酒の席での彼らは、ほぼ自分が話したい話題にしか興味がありません。それを披露して自分自身気持ちよくなりたいだけですから、こういう場合はこれも仕事の一部と割り切って諦めるしかないでしょうね。70代、90代の人にもっと気を遣え、とも言いにくいでしょうし。

 ただ、前向きに考えたらこれはチャンスかも知れません。例えどんなにつまらない話でも、とにかく相手の目を見て一生懸命話を聞き、相槌を打つ。そして答えられる部分だけで構わないから「戦争は繰り返してはダメですよね」「昭和の歌謡曲には温もりがありましたよね」などと答えるのです。そうすれば、相手は自分と会話することを心地よいと感じ、自分に好印象を抱いてくれる可能性が出てきます。

 また、そんな自分たちを眺める周囲の人たちも(アイツは年寄りに優しいな)と好印象を抱いてくれるかも知れません。

 そういう行為を繰り返し、相手に気に入られると、やがて自分に美味しい情報が入ってきたり、有益な人を紹介してもらえたり、楽しいイベントに招待されたりする機会が増えるわけです。

 これを裏づける(かも知れない)面白い例が、以前見たテレビの企画にありました。仕掛け人のディレクターが打ち合わせ中のAKB48のメンバーにマニアックな話を一方的に語り出したら、彼女たちはどう反応するか?こっそりモニタリングするという企画でした。

 ほとんどの子は退屈そうにボーッと聞く中、岡田奈々という子だけはしっかり相手の目を見て一生懸命耳を傾けるのです。さすがに「三国志」や「スーパー・ストロング・マシン」の話題にはついてこられませんでしたが、きちんと相槌を打ち、ディレクターの「家族で会場に応援に行きました」という部分には「家族で出かけるのはいいですよね」と返していましたっけ。

 私はこれを見て、思わず彼女に好意を持ちました。こんな子が周囲にいたら楽しいだろうなぁ、と思っていたら、やはり彼女はその後、出世しました。総選挙で選抜入り。AKBでの副キャプテンどころか、新設されたSTU48のキャプテンまで任されるほど信頼されるメンバーになりました。周囲のスタッフやファンに好意を持たれた証ですよね。

 ということで、つまらない話をしてくる人がいたら逆にチャンスだと考えることをオススメします。上手く対応すればきっと素晴らしい未来が開ける…かも知れません(笑)


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美味しいものを経験する、という自己投資

2017-12-20 Wed 21:40
 私の父が地元近くにある、ミシュランガイド掲載のとんかつ店でランチしたそうです。しかし比較的安価なランチメニューの存在を忘れ、うっかりレギュラーメニューの中から「ロースカツ定食」を注文。ランチとしてはちょっとお高め、二千円強使ってしまったことを少し後悔していました。

 でも聞けば、父より後に来店した別の客が注文した、ランチメニューのとんかつよりも時間をかけて揚げられた父のロースカツは驚くほど分厚く、それでいて肉はとても柔らかかったそうで、父は大満足していました。

 だから私は言いました。「その二千円強は、自己投資費用込みの値段なんだよ」と。

 私は無理のない範囲で未体験のお店、料理、話題の飲食店などを体験するのは、自分の人間性を豊かにするための一種の自己投資と考えることにしています。確かにランチに毎日二千円以上使うのは、一般の感覚では厳しいでしょう。では毎回千円のランチメニューのとんかつ定食なら?まぁ、どんなものか一度経験するのはよいかも知れません。同じ店のメニューですからとても美味しいでしょうし。

 しかしあくまでもランチメニューはランチメニューです。お店が本腰入れて提供するレギュラーメニューには敵いません。そのお店の本当の実力を味わうには、やはりレギュラーメニューを経験するしかありません。つまり、安いからとランチメニューばかり食べていては、せっかくミシュランガイド掲載店に来ながらこの店の実質的な価値が永遠に分からない。私がとんかつ好きなら、昼食を1、2回抜いて節約してでも父が注文したロースカツ定食を試したいですね。

 そして、美味しいものの話題(ネタ)は多くの人の共通の関心事でもあります。多くの人と関わり合って生きる上で、そういった経験を持つ人は持たない人よりも興味を持たれやすいし、魅力的に映ります。

 例えば会話の中で、誰かが

「この週末にカニを食べに行きましたよ。あなたは何を食べました?」
「私、最近とんかつにはまってまして」
「来年版ミシュランガイドブックが発売されましたね」

など振ってきた場合、

「いや~、いつもと同じコンビニ弁当ですよ」
「とんかつは○○スーパーの惣菜コーナーのが安いよ!」
「どうせ我々庶民には無縁のガイドブックでしょ」

なんて答えたら、いくら事実でも会話は膨らまないし、楽しくありません。(コイツつまらない人だな)と思われてしまう可能性が高いです。

 しかし一度でもその二千円強のロースカツ定食を経験していれば、

「実は先日、来年版のミシュランガイドに掲載されたとんかつ店の行列に並びまして」
「後から来た客のランチのカツよりも時間をかけないと揚がらないほど分厚くて」
「それなのに信じられないくらい柔らかくて」

という、「美味しい」と言わなくても美味しいと伝わる体験談を披露することが可能です。相手がよほどのとんかつ嫌いでもない限り、相手にヒットすると思うんですよね。少しでも相手の役に立ち、楽しませられるこういったネタは、いくつか持っている方が魅力的だと私は考えます。そのような魅力を増やすために、話題のお店で美味しいものを経験することは一種の「自己啓発」。そのための出費は投資のようなもの、というわけです。うまくいけば

「美味しそう!私も食べてみたい」
「では今度ご一緒にいかがですか?」

と運び、楽しい予定がひとつ増えます。

 もちろん価値観は人それぞれ。何を食べるか、何にいくら使うかは個人の自由です。まぁ状況にもよりますが、私は「腹が膨れりゃ何食べても同じ」という考え方よりは、美味しいものを食べて感動したい欲求、そんな経験を周囲にアウトプットするサービス精神に好感を持ちますけれどね。


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