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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
営業マンも鳶職も、工場主も店主も皆平等

2017-02-18 Sat 20:02
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 最近よく見る、缶コーヒーのジョージア(エメマン)のCMが好きです。

 公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら休憩中の男二人。山田孝之扮するスーツ姿の営業マンが、新井浩文扮する鳶職の男を見て(鳶か、いいな~、ストレス無さそうで)と羨む。 一方の鳶職の男も営業マンを見て(営業か、いいな~、楽そうで)と羨む。
 しかし、いざ相手の職業になった自分の姿を想像すると、営業マンは、高所での作業に恐怖する自分を想像して「無理無理っ」。鳶職の男も、得意先相手に土下座で謝罪しつつ逆ギレする自分を想像して「…ってなるわなぁ」と納得。改めて心の中で「あんた偉いな」とお互いを称賛する。

…というヤツです。

 このCMを見て、私は昔好きだったある曲を思い出しました。1970~80年代にかけて活動したイギリスのパンクバンド・THE JAMの「MAN IN THE CORNER SHOP(コーナーショップの男)」という曲です。歌詞の内容は、

 街角の商店で煙草を買う工場主の男は、店主を見て(工場の仕事はうんざり。自分の店を持つのもいいな)と羨む。一方の店主は、客に煙草を売りながら(辛い生活にはうんざり。工場を持つのもいいな)と羨む。
 教会には日々色々な姿・階層の人が集まり、一緒になって祈る。神はあらゆる人を平等に作った。

…というちょっと深イイ歌です。ジョージアのCMは、まるでこの歌詞を参考に作ったようだ、と感じました。

 正直私も、(この人羨ましいな)と思うことはたまにありますが、逆に私も相手から羨ましがられている部分がある、と思いたいものですね。…でもそれって何だろう?いやそれ以前に、そんなのあるの?考えてしまいました(笑)


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そういえば「ジョジョ」の敵にもいたディオ…じゃなくてデュオ

2016-12-27 Tue 20:19
 英国の人気歌手、ジョージ・マイケルさん(53)が亡くなりました(新聞記事的表記・笑)。

 ジョージ・マイケルといえば言わずと知れた人気デュオ、WHAM!(二人しかいないけど)中心メンバーとして1980年代のポップシーンを彩りました。

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 WHAM!…私にとってはmaxellのTVCMの印象が強いでしょうか?最初はイギリスと日本でしかウケないアイドルグループと思いきや、あっという間にアメリカでも実力が評価され大人気。個人的には「Wake Me Up Before You Go Go」「Careless Whisper」「Freedom」「Everything She Wants」「I'm Your Man」「Edge of Heaven」辺りをよく聴きました。一時期仲よかった先輩がカラオケに行くと必ず「Freedom」を歌ったことも今回の訃報をきっかけに思い出しました。まだ若いし才能のある人でしたから残念です。

 ところで彼の訃報を報道する情報番組を見ると、軒並み「Last Christmas」がWHAM!の代表曲のように扱われています。ヒットチャート的にはWHAM!最大のヒット曲であろう「Careless Whisper」を差し置いて、です。

 確かに「Last Christmas」はいい曲だし、長年愛され続けてきた定番クリスマスソング。本人が亡くなったのもクリスマスだったので、仕方ないよなぁ、と思いつつ、全米ではシングルカットすらされなかったこの曲=WHAM!?と、ついこだわってしまう今日この頃。まぁこの曲が好きな人=WHAM!ファン、もしくはWHAM!を聴いて育った音楽ファンではないでしょうが(笑)

 最後に…極めて個人的な思い出ですが…ジョージ・マイケルといえば大学時代、彼にそっくりなバングラディシュからの留学生がいました。一緒にサークル活動したり、故郷のカレーをご馳走してもらったりしました。後に通った英会話学校で、「外国人の友人」というテーマでアメリカ人の若い先生とフリートークした時、彼にそのバングラディシュ人の友人のことを話しました。もちろんカッコよさを強調しようとジョージ・マイケルに似ていることも伝えながら。すると

(英語で)はぁ?ジョージ・マイケルに似てる?なに寝ぼけたこと言ってるんだよ?!彼はイギリス人だぜ?!バングラディッシュ人が彼に似ているわけないだろう?ハッハッハッハッ…

一蹴されてしまいました。後で考えるとちょっとした差別意識を感じないわけでもありませんでしたが…。

 それにしても今年はデヴィッド・ボウイプリンスにこのジョージ・マイケル…あっ、DOAのピート・バーンズもいたか。同じ時代を彩った、個人的に思い出深い多くのアーティストが、それも若くして亡くなってしまった悲しい一年でした…。


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プリンスという天才ミュージシャンの音楽の思い出

2016-04-23 Sat 07:15
 アメリカの人気歌手・プリンス(享年57)が今月21日、亡くなった(状態で発見された)との訃報を聞きました。1月に逝去したデヴィッド・ボウイに続く馴染み深いアーティストの死は少なからずショックです。

 私がプリンスの音楽を聴いていたのは、「PURPLE RAIN」から「BATMAN」(サントラ)までの短い期間でしたが、彼の天才的センスの光る音楽やパフォーマンスからはかなりの影響を受けました。

 当時、私はブルース・スプリングスティーンが大好きで、彼の会心作「BORN IN THE USA」からのシングル「DANCING IN THE DARK」がビルボードのシグルチャート初の1位を獲得することを心待ちにしていました。ところがその直前、突如チャートインしてきたプリンスの「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」があっさりとこれを追い抜き、1位になってしまったのです。「WHEN DOVES CRY」は当時としては珍しく5週連続1位をキープし、「DANCING IN THE DARK」はその間ずっと2位。結局1位にはなれませんでした。


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 私はかなり悔しがりましたが、同時にそれまで聴いたことのないタイプのプリンスの音楽にも魅了されました。丸太を叩くような音のパーカッション、絶叫するかのようなバックコーラス…いや、そんなものよりも、


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ちょっとキモいプリンスが裸でバスタブから立ち上がるシーンのインパクトが全て(?)でしたね(笑)

 この「WHEN DOVES CRY」はご存じ、プリンスの自伝映画(?)「PURPLE RAIN」の同名サントラ盤からカットされたシングル。もちろんアルバムだけでなく映画もビデオにダビングして何度も見ました。特にアポロニアとの官能的シーンとか(笑) 映画自体は日本では洋楽ファン以外にはあまり浸透していなかったと記憶していますが、翌年の正月名物番組「新春かくし芸大会」(CX)内の名物企画・ヒット映画のパロディコーナーで「PURPLE RAIN」のパロディが放送されたんですよ。よしやん(ワイルドワンズ)や湯川れい子(音楽評論家)など、出演した芸能人はかなりマイナーでしたが(笑) そう考えると当時のプリンス人気はかなりのものだったのでしょう。

 このサントラからは「LET'S GO CRAZY」「PURPLE RAIN」「TAKE ME WITH YOU」と立て続けにヒットシングルを生み出しましたが、私は「THE BEAUTIFUL ONE」という曲が好きでした。しかしほとんどの友だちに「いや、あのアルバムの曲なら『BABY I'M A STAR』がベストだろう?!」(♪鼻の穴~と聞こえるサビが有名・笑)と否定されたものです(笑) 

 その後も毎年リリースされるニューアルバム…「AROUND THE WORLD IN A DAY」「PARADE」「SIGN OF THE TIMES」「LOVESEXY」と全部聴きましたが、正直「PURPLE RAIN」ほどの衝撃はなく、あまり熱心に聴かなくなりました。しかしその後知り合ったある友達が洋楽ファンで、彼から映画「BATMAN」のサントラをプリンスが担当することを聞きます。このアルバムも衝撃的でしたね。「え~っ!ヒーロー映画の主題歌(「BAT DANCE」)がこんな曲でいいの?!」って感じです。しかもダンスナンバーなのにカッコいいし。

 この友達と仲良くなったことを機に、しばらく聴いていなかったプリンス、ビリー・ジョエル、ザ・ビートルズなどを再び聴くようになった私は、最初で最後のプリンスの来日公演を観に東京ドームへ行ったのです。お目当ての「BAT DANCE」を聴けたのは嬉しかったのですが、開演時刻をかなりオーバーしたのに公演は正味70分(アンコールなし)!!私にとっては初めての経験でした(笑)

 その後、音楽の嗜好が徐々にHR/HMに移行してしまい、プリンスの音楽を聴くことはほぼゼロになってしまいました。

 この程度のファンが言うのもアレですが、改めてプリンスって偉大な天才ミュージシャンでしたね。彼を若くして失ってしまったことは世界の音楽シーンにとって大きな損失です。

 今はただただ、故人のご冥福を祈るばかりです。


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散った星屑、結ばれた星屑

2016-01-12 Tue 20:06
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 1月10日にデビッド・ボウイ(以下:D・ボウイ)が癌のため亡くなったことを知りました。

 現在の私には、訃報を聞いて残念がるほどに好きな(崇拝する)有名人ってあまりいませんが、今回は結構ショックでした。色々な意味で私のこれまでの人生に影響を与えてくれた人物だったんですよ。

 今、何を訴えるのがベストなのかよく分かりませんが、このタイミングでここに何か残さねば、という気持ちだけで頭にあることを綴ることにします。


 子供時代、初めて私がD・ボウイを知った時、既に彼はお洒落で派手なスーツに身を包み、渋い声で歌うダンディーなロックシンガーでした。当時の私は全米トップ40マニアでして、ランクインした曲はジャンル問わずラジオなどで聴くのを楽しみにしていました。でも正直、彼の歌は私の心にはあまりヒットしませんでした。

 時は経ち、20代になった私は、大学時代の友達・Mから

「イギリスに留学することになりしばらく日本には帰れない。留学前最後の思い出作りに、ライブをやりたいが協力してくれないか?」

と頼まれました。バンド未経験どころか楽器なんて小学校の音楽の授業以来、触ったことすらない私が、です(笑)

 でもMは当時一番の親友でしたし、こんな私に真っ先に声をかけてくれたからにはぜひ力になりたいと考え、Mと一緒に彼の夢であった“Ziggy Stardust And The Spiders From Mars”のコピーバンドを組むことに。私が人生で初めて組んだバンドでした。ちなみに“Ziggy Stardust And The Spiders From Mars”というのは、1970年代前半のD・ボウイの音楽スタイルというか、彼のバンドのキャラのようなもの。武藤敬司のグレート・ムタのようなものです。オレンジ色の短髪を立て、稲妻模様をペイントするド派手メイクに半裸ファッション…当時のD・ボウイはとにかくカッコよかったですね。あのスーツの渋いオッサンも昔はこんなに凄かったんだ、という感じでした。

 コピーバンドでMは、尊敬するギタリスト、ミック・ロンソンに成り切ろうとしたため、私はベースのトレバー・ボルダーを担当しました。どうせバンドを組むなら楽器を弾きたかったし、私がD・ボウイ役というのは、あまりにもおこがましいですからね。別の友達に譲りましたよ(笑) 

 しかし今考えると1993年にM・ロンソンが胃癌、2013年にはT・ボルダーが膵臓癌で他界。今回D・ボウイも癌(詳細不明)と、3人とも癌で亡くなったことになります。これも運命でしょうか?ちなみにドラム担当のウッディ・ウッドマンジーは存命のようで、昨年も来日したようです。

 さて、そんな感じで始まったバンド活動は、約2ヶ月かけて10曲ほど必死に練習し、手作り感満載の“フロアーショウ”を成功させることが出来ました。この1回限りのライブでバンドは解散しましたが、D・ボウイのカッコよさと彼の音楽にすっかり魅了された私は、その後も頻繁に都内のブートレッグ屋に通い、Ziggy Stardust時代のD・ボウイのレア音源を買い漁りました。初めてアメリカ(LA)旅行した時は、その後(ブートも含め)何度もCD化された伝説のライブが行われたシビック・オーデトリウムも見に行きました。そのくらい当時の私は(Ziggy Stardust時代の)D・ボウイが好きでしたが、その後徐々に彼とも縁深いイアン・ハンターに気持ちが移り、MOTT THE HOOPLEファンになってしまいました(笑)

 今思うと、流行(の音楽)ばかりを追うのではなく、一つの対象物をとことん深く掘り下げるという楽しみ方を知ったのは、MからD・ボウイの魅力を教わったことがきっかけでした。また、その後も何度か大いに楽しみ、多くを学んだ趣味のバンド活動も、このコピーバンドの経験がなければ叶わなかったはずです。当然、活動を通じて知り合った友達との出会いもなかったでしょう。楽器は弾けないから、D・ボウイはあまり好きでないから、と断らなくてよかった…。

 11日から12日にかけて、D・ボウイ逝去の報道は私の予想以上に各メディア大きく取り上げてくれましたが、それでもDAIGOと北川景子という芸能界のビッグカップルの結婚会見の陰に隠れてしまった感は否めません。

 しかしあのDAIGOも、デビュー当時はDAIGO☆STARDUSTという芸名だったというじゃありませんか。ここにも何か運命的なモノを感じずにはいられません。

 
 最後になりますが、改めて故人のご冥福をお祈りします。彼の死は悲しいですが、その一方で天国でM・ロンソンやT・ボルダーと再会し、またバンドを結成するのかな?とか、またF・マーキュリーとカラオケで「UNDER PRESSURE」歌えるな、といった妄想を膨らませると、ちょっとだけ救われます。


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福山雅治はG・メデイロスをパクったのか?

2015-12-04 Fri 00:00
 最近、テレビからあるCMソングが聴こえてくると、何をしていても必ず神経がそちらに向く、という現象が起きます。

 そのCMとは「アサヒスーパードライ ドライプレミアム」。そう、男女問わず誰もが憧れるイケメンスーパースター、福山雅治が出演しているアレです。BGMには彼の「you」という名曲…このCMに反応しない輩は日本中どこを探しても存在しないでしょう。

 …というのは嘘。福山はカッコいいとは思いますが興味ないし、彼の音楽にも関心ありません(あくまでも個人的嗜好。批判ではありません)。

 しかしBGMの「you」に私が必ず反応してしまうのは事実です。というか、同世代のかつての洋楽ファンの何割かは私同様、福山に関係なく反応しているのでは?と期待せずにはいられません。なぜなら「you」のCMで流れている部分冒頭のメロディが、グレン・メデイロスの1987年のヒット曲「Nothing's gonna change my love for you(邦題:「変わらぬ想い」。オリジナルはジョージ・ベンソン)の歌い出し部分にそっくりだからです。

 気になったので改めてYouTubeで「you」を聴いてみました。時間にして僅か5秒ほどの当該部分以外は特にパクってはいないようなので、実際に「福山がパクった」と訴えられることは後にも先にもないと思われます。

 しかし初めて聴いた時、瞬時に存在すら忘れていた「Nothing's gonna change my love for you」が私の頭の中に鮮明に甦ったのですから、“完成したらたまたま同じメロディだった”ということはないだろう、と個人的には感じます。

 まぁ、そうは言っても私自身、グレン・メデイロスの肩を持つほど彼や「Nothing's gonna change my love for you」がお気に入りだったわけではありません。素敵な曲ですが当時はスタンダードソングっぽい軟弱さ、ダサさを強く感じ、嫌いな曲でした(笑)

 でも今回の件を機に改めて聴いたら、いい曲ですね。やはりこういう曲は子供が聴いても馬の耳に念仏。それなりに人生経験を積んでから聴かなきゃアカンです。今回それがよく分かりました(笑)


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初体験♪音楽配信サービス

2015-10-12 Mon 00:00
 このたび、生まれて初めて音楽配信サービスを利用して、音楽コンテンツを購入しました。

 このブログでも何度か主張しましたが、私は基本的に音楽コンテンツはダウンロードではなくCDアルバムで買いたいクチです。理由はいくつかありますが、

1.音楽CD=芸術作品ゆえ、楽曲データ以外のジャケットやスリーブのデザイン、紙質、それにブックレット掲載の歌詞や解説文およびそのフォント、レイアウトなど全てひっくるめてひとつの作品として受け止め、評価すべきと考えるから

2.曲単位でのバラ売り、バラ購入に反対。アルバム(シングルも)は全体を通して鑑賞しなければその価値を100%理解することは不可能。バラ売りが当たり前になると、耳障りのよいキャッチーな曲、“カノンコード”レット・イット・ビーコード”の曲ばかりが世に出回りそうだから


というのが大きいですね。

 しかしどうしてもiPodで繰り返し聞きたい、でもCDでは手に入れ難く配信に頼らざるを得ない曲が2曲ありました。

 ひとつは、エイティアというグループ(?)の「You, just a boy」という曲。BSプレミアムの「グレートトラバース2 日本二百名山一筆書き踏破」という番組のテーマ曲です。昨年放送された「グレートトラバース 日本百名山一筆書き踏破」で使われた「Step out」に比べ、最初は地味で盛り上がりに欠ける曲だと興味が湧きませんでしたが、番組を通して聴いているうちにジワジワと好きになりました。調べた限り現時点では配信のみの販売らしいので、Amazonでダウンロードです。

 もうひとつはZombie Nationというグループ(?)の「Kemkraft 400」という曲。打ち込みバリバリのテクノ(?)サウンドは正直全く趣味ではありませんが、この曲のSports mixが横浜ベイスターズのクローザー・山崎康晃投手の入場テーマ曲なのです。横浜リードで迎える9回裏に山崎が登場する時のスタジアムの熱狂は知る人ぞ知るところですが、公私ともにモチベーションを上げたいシーンにピッタリの曲。「ロッキーのテーマ」みたいな効果が期待出来そうです。でもこの1曲のためにアルバムを買うのはアフォらしいと思いAmazonでダウンロードしました。

 Amazonでの購入の場合、先にPCに専用音楽再生アプリをインストールする必要がありますが、それ以外は特に知識など要りません。自動的にiTuneにコンポートされるのでとても楽でした。2曲ともリピートして聴きまくっています。

 好意的に向き合えなかった音楽配信サービスでしたが、初めて利用した感想は、やはり「便利」の一言に尽きます。落としたらすぐに楽しめますし。今でも好きなアーティストのアルバムやシングルはCDで購入し、フルサイズで楽しみたいと思いますが、それとは別にこのような、消費者のニッチなニーズをリーズナブルな価格で満足させてくれるサービスも有り難いです。

 1曲だけのバラ売り・バラ購入についても、そのアーティストの世界への入り口と考えれば納得出来ます。「1曲のためにアルバムCDを買いましたが、聴いていたらファンになりました」か、「ダウンロードした曲だけでは物足りず、結局アルバムCDを買ってしまいました」の違いはあれど、消費者それぞれが自分に合った方法でアプローチすればよいのでしょう。要するに楽曲(アルバム)が素晴らしければ消費者はちゃんとお金を出して真面目に聴くのだ…そう信じたいですね。

 所詮、アルバムをリリースしてもその中のキャッチーな曲しか売れないアーティストや、流行や気まぐれな消費者のニーズを気にして自分たちの音楽を変えるアーティストなんて、販売方法に関係なく業界からすぐに姿を消しますよね(笑)


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「絶歌」を買うくらいならメガデスのCDを買う方がよほど人生が豊かになると思う件

2015-06-18 Thu 18:29
 1997年に起きた神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗が“元少年A”名義で執筆したという単行本が先週発売され、賛否両論巻き起こしているようです。

 私は殺人事件のルポもの、犯人や関係者による手記など事件本は好んで読みますが、この“酒鬼薔薇本”だけは読む気になれません。例え270円(定価の18%=印税?)でも私が一冊買うことで酒鬼薔薇の懐が潤うなんてイヤですから。

 しかしこの本が出版されたことで、私の中で風化しつつあったあの事件への関心が蘇ったことは事実。

 この事件、犯行自体も酷いものでしたが、犯罪心理学者や元警察関係者のプロファイリングもお粗末でした。

「両手に黒いビニール袋を持った中年男が怪しい」
「事件は酒天童子伝説と関係がある」
「酒鬼薔薇=鬼腹(オニバラ)なので、奇形児を産んだ者の仕業だ」
「犯人はMEGADETH(以下:メガデス)を聴いて育った30~40代のメタルファン」

…全部ハズレじゃん!!

 特に酷かったのが、当時ワイドショーのコメンテーターとしてテレビ出演していた、オウムウォッチャーの有田芳生氏(現参議院議員)の“虚言”。公開された犯行声明文の冒頭に「さあ、ゲームの始まりです」と書かれており、これが当時人気絶頂期だったアメリカのスラッシュメタルバンド、メガデスの楽曲の歌詞の一部と同じだったことから

「犯人はメガデスを聴いていた」
「メガデスはデス声殺害的な歌詞の曲を歌う(“デスメタル”を聴くと殺人を犯すようになる)」

と、得意気に言い切ったのです。

 しかしそもそもメガデスはジャンル的にはデスメタルではなく(インテレクチュアル)スラッシュメタル。デイヴ・ムスティンの歌声だって昔も今もただのダミ声(笑) それにメガデスの歌詞は“ヘヴィメタル”と聞いて一般人が連想するような悪魔的でオドロオドロしいものはほとんどなく、政治的なテーマのものが多かったはず。こういう決めつけって、例えるなら「日本人は全員チョンマゲ頭」「中国人は語尾に必ず“~アルヨ”と言う」などと同レベルだと思うのですが(笑)

 そして極めつけが、酒鬼薔薇はメガデスを聴いていなかったという事実(笑) つまり有田氏はメガデスもメタルもほとんど知らないくせに、たまたまあのフレーズを発見したというだけで、このバンドが残虐な殺人を誘発した、と公共の電波を使い平然と言ってのけたわけです。当時のメタルファンは激怒していましたね。そもそもメタルファンって気が小さくて真面目な人が多いんですよ。SNS全盛の現在なら彼はただじゃ済まなかったでしょうね(笑)

 そんなことを思い出していたら、有田氏が問題にした「さあ、ゲームの始まりです」というフレーズ…といっても和訳ですが、これを含んでいたのは何という曲だっけ?気になり、自室のCD棚からメガデスのCDを探して確認してみました。私は何となく、事件当時最新だった「YOUTHANASIA」というアルバムの1曲目「Reckoning Day(審判の日)」だと思い込んでいたのですが、実際には2曲目「Train of Consequences(終わりなき旅路)」、それも冒頭でもサビでもない中途半端な部分に「さあゲーム開始」とありました。


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 恐らく有田氏が見たのもこれでしょう。


さあゲーム_1


でも英語のオリジナル歌詞を見るとこの部分、ただ「set the ball a-rolling」と書いてあるだけで、「game」とか「start」なんてどこにも書いてない。つまり翻訳担当者の意訳ってことで、尚更メガデスに非はないじゃん(笑)

 恐らく現在なら私がいちいちこんなことを訴えなくても、すぐに熱心なメタルファンがネットに正しい情報をアップし、それに気づいたYAHOO!ニュース辺りが紹介し、有田氏を一気に追い込んでゆくのでしょうね。有田氏はアフォな発言をし難くなりファンは万々歳。こういうのはよいですね。当時はまだまだワイドショーやコメンテーターから得る情報を鵜呑みにして当然でしたから、情報発信が一方通行でなくなったのは好ましいです。

 ちなみにネットでよく目にする「メガデスの人気が出たのは酒鬼薔薇事件がきっかけ」というのも嘘です。その遥か以前、1993年には日本武道館公演が決定(後に薬物問題でキャンセルに)するほどのビッグバンドでしたよ。


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“卒業ソング”って、何?

2015-03-27 Fri 00:00
 半月ほど前の話で恐縮ですが、「なぜ『卒業ソング』の新たな定番は誕生しないのか?」という記事を読みました。

 記事では

「時代のスタンダードなヒット曲自体が生まれ難い」
「世代ごとにヒットする曲が細分化している」

といった事情が解説されていましたが、私的には一般の誰かが投稿した

「昔は卒業するとそのまま一生会わない人がたくさんいたので、卒業はお別れムード満載の一大イベントだった。しかし現在は卒業してもLINEなどSNSで簡単に繋がることが出来る。そんな時代の卒業に昔ほどの重みはないから、卒業ソングに対しても思い入れは弱い」

という意見に激しく同意です。

 まぁ、それはそれでよしとして…それよりも興味を持ったのは、ORICON STYLEなどが実施したという「卒業ソングランキング」です。

・卒業写真/荒井由実
・贈る言葉/海援隊
・3月9日/レミオロメン


などが上位にランクインしたそうですが…この結果も何というか…実に日本人らしいなぁと思った次第です。

 どういう意味かというと、例えば「卒業写真」は歌詞を読めば誰でも分かるように、卒業ソングではありません。大人の女性が卒業写真をきっかけに青春時代を回顧する、という内容です。

 「贈る言葉」もそう。武田鉄矢氏が語るように、彼が売れない時代に付き合っていた(もともとファンだった)女性にフラれた時の気持ちを歌詞にした失恋ソング。「金八先生」最終回のイメージが強過ぎたのでしょうが、とりあえず卒業全く関係なし(笑)

 「3月9日」は私が全く知らない曲だったので調べてみたところ、メンバーの共通の友人の結婚を祝うために作られた歌とかで、これも卒業とは無関係。

 これは日本人の多くが、実質的な意味よりも自分なりの解釈や思い込み、全体的なイメージを重視したがり、長い物(多数派)には波風立てずに巻かれてりゃいいんだ、と考えるゆえに起きる現象でしょうね。「皆が卒業式で歌っているんだから卒業ソングでいいじゃん、盛り上がればいいじゃん」みたいな(笑)

 卒業ソングではありませんが、例えばホイットニー・ヒューストンの「オールウェイズ・ラブ・ユー」は、元彼に未練タラタラな女性の視点から男女の別れを歌った歌なのに、なぜか結婚披露宴の定番ソングになっている。それと同じでしょう。

 また、「3月9日」については、たまたまかも知れませんが、音楽は決して嫌いではない私が全く知らなかったし、聴いたこともなかったです(笑) 支持されるヒット曲って、本来能動的に求めなくてもいつの間にかどこかで耳にして覚えてしまうはず。しかしそうでないところがまさに「時代のスタンダードヒット曲自体が生まれ難い」「世代ごとにヒットする曲が細分化している」を象徴していると言えそうです。

 ちなみに私が好きな卒業ソングは、“強いて挙げれば”ですがAKB48の「GIVE ME FIVE!」ですね。最初は全く好きではなかったのですが、改めて歌詞を読んだら心にヒットしました。卒業して寂しく不安だけど、友達同士の絆を信じて前向きに新しい人生をスタートしよう的な歌詞、もし私が高校か大学を卒業する時にこの歌と出会っていたら「今のオレの気持ちはまさにコレなんだよ!!」と感激していた可能性が高いです(笑)

 まぁ、昔も今も卒業式は「蛍の光」と「仰げば尊し」、この二つの名曲があれば私は十分ですけれどね。


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ベビーメタルはドリフ

2015-03-02 Mon 20:07
 先日、古い友人と飲んでいた時のこと。会話がかつてお互いの共通の趣味であった音楽(HM/HR系)の話題に移りました。


友人「最近はもう音楽とか聴いてないの?」

私「全く聴いてないね」

友人「ライブとかも行ってないわけ?俺は昨年、念願のMANOWARを観られてよかったけど」

私「全く行ってないね。少なくとも昨年はゼロ。ついでにCDも洋画のサントラ1枚と、選抜総選挙の投票権つきのAKBのシングル1枚しか買ってないよ(笑)」

友人「(残念そうに)へぇ~…」

私「まぁ、日常の中に音楽が全く無いわけじゃないけど、趣味として能動的に求めようという気持ちは無いね」

友人「…でもさ、とりあえず大物バンドが来日したら誘うからさ。(アイアン・)メイデンも前回(の来日公演が東日本大震災発生翌日ゆえ)中止になったから、そろそろ来ると思うし…」


彼の厚意は大変嬉しいのですが、既に興味を失った娯楽のためにお金と時間をかけるつもりはないしなぁ…あ!そうだ!!

私「ベビーメタルのライブに行こうぜ!!ベビーメタルなら絶対に行くよ!!ベビーメタルのライブの予定が発表されたらぜひ誘ってよ!!!」


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 …アイドルとメタルの融合(笑) 実は彼も以前からベビーメタルはお気に入りだそうで、たまに話題に出していたんですよね。私は完全無視でしたが(笑)

 でも最近、情報番組で彼女たちが頻繁に紹介されるようになり、遂に私も“動く彼女たち”を目にしました。改めて見ると…アイドル要素はともかく、確かに往年のメタルファン好みのグループですよ、これ。

 まず楽曲。1980年代以降のジャパメタないしジャーマンメタルを彷彿させる、様式美系正統派スピードメタルっぽい。私たちが若い頃から腐るほど聴いてきた音楽そのものと言えます。これだけでかなり好感度高いです。バックバンドの演奏テクニックも文句なしですね。

 そしてフロントに立つ3人の少女たち。歌(歌詞)、ダンスの是非は正直よく分かりません(歌唱力は優れていると思いますが)。でも私たちが以前趣味でやっていたバンドも、男のメタル楽曲を女性ヴォーカルが歌う、というコンセプトでしたので、どこか親近感を覚えます。

 そして私が最も気に入ったのは、いわゆるアイドルグループよりもメタルバンド寄りだということ。緻密に計算され、作り込まれたように見えるあのパフォーマンスを、幼い少女たちが演じているというギャップが堪りません。赤と黒で合わせた衣装、キレキレダンス、決してアドリブが許されなさそうなムードは、お笑いに例えるなら完全にドリフです。いかりや長介が長年追い求めた世界観ですよ(笑)  そうした完成度の高さが昨今の安っぽいアイドルと完全に住み分けられているように感じます。


 ということで多少罪の意識を感じなくもないですが(笑)久々にお金を払ってでも観てみたいバンド、聴いてみたい音楽と出会ったと思った次第です。今月WOWOWでも1月のさいたま公演が放送されるそうですから要チェックですね。


 ところで…このベビーメタルを紹介する情報番組の数々を見ていて思ったのですが…時代は既に21世紀に突入したというのに、未だに「ヘビメタ」などという恥ずかしいフレーズを胸を張って使っているアナウンサーが大勢存在することに辟易します。例えばビーフステーキを“ビフテキ”、レモンスカッシュを“レスカ”などと、今でも人前で堂々と言えますか?「ヘビメタ」も全く同じ種類の言葉だということ、いつになったら彼らは気づくのでしょうか?

 それにメタル音楽が北欧で人気だということを、さも意外そうに、初耳です的に言うのもバ○丸出し。単にアンタらが北欧の国々に興味がないだけでしょうって。北欧といえばARCHENEMY、INFLAMES、SONATA ARCTICA…日本でも人気の高い素晴らしいメタルバンドの名産地。一般人なら知る必要のない知識ですが、「ヘビメタ」などと言って上から目線で視聴者に紹介しようとするのなら、その程度の知識は事前に仕入れて、アンタらが視聴者に提供すべきだろう!!…いつもそう思います。


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私が疑問に思う紅白出場歌手

2014-12-01 Mon 18:42
(注)以下の記事内容はあくまでも私見です。


 先週、第65回NHK紅白歌合戦の出場歌手が発表されました。

【参考】
第65回NHK紅白歌合戦の出場歌手


 毎年のことですが巷ではこれに対し

「なぜあの歌手が落選して、この歌手が出場するの?」
「なぜ今年ヒット曲を出していないのに出場できるの?」
「秋元康一派、ジャニーズ事務所の出場枠が多すぎる」

といった不満が多いようです。まぁ出場枠には限りがありますし、NHKや音楽業界の事情優先の商売である以上、仕方ないでしょう。

 しかしここ数年は、そんな私でも

「さすがにこれは紅白に相応しくないのでは?」

と思えてならない歌手(以下、グループも含め“歌手”で統一)が目立つ
ようになりました。具体的には昨年出場した“魚ナントカ”や、今年出場予定の“THE END OF THE WORLD”などです(どちらも正式名称は知っていますが、私のブログに綴るのも気持ち悪いのでこれで十分と考えます・笑)。

 例えば今年出場する歌手…

・E-girls
・いきものがかり
・AKBグループ
・きゃりーぱみゅぱみゅ
・西野カナ
・演歌歌手たち
・ももいろクローバーZ
・和田アキ子
・ジャニーズ事務所関連グループ
・ゴールデンボンバー
・三代目J Soul Brothers

…これらはその一部ですが、私は個人的にAKBグループ以外(笑)どの歌手にも全く興味ないし、好きでもありません。中には「なぜ今年のヒット曲がない、または一部の世代にしか支持されていないのに出られるの?」という疑問を感じる歌手もいないわけではありません。

 しかし好き・嫌いはともかく、どの歌手も「キャラが確立している」という共通点は認められます。ビジュアルも歌の性質もスタイルもハッキリしていて分かりやすい。例え嫌いな歌手でもその存在価値は理解できるし、どんなファンがなぜ好むのかも想像できそうな気がします。

 では、先の魚ナントカやTHE END OF THE WORLDのようなタイプの歌手はどうか?あくまでも個人的見解ながら、キャラが確立しているようには見えないし、何を歌いたい・訴えたいのかもあまり伝わってこない。最初は私がそれを理解できない年齢になってしまっただけなのかと思いましたが、その割には西野カナやE-girls、Sexy Zoneらの存在価値や、彼らのファンの気持ちは何となく理解できるので、必ずしも年齢だけの問題ではなさそう。

 結果的に彼らの商売のターゲット層はかなり限定的であり、それ以外の一般視聴者は名前や歌を知らないどころか、何度かテレビで歌を聴いても、何をどう評価してよいのかすら分からないのでは?

 つまり、視聴者に中高年層が多い紅白でも、これまでの出場歌手は彼らの理解の範疇内での人選だったのが、次第に理解を越える歌手が混じるようになったと感じるわけです。

 では、なぜ魚ナントカやTHE END OF THE WORLDのような歌手が近年世に増え始めたかというと、(これも個人的見解ながら)アーティスト側が重視する価値観が、ビジュアルも含めた「カッコいい」や「憧れの対象」といったものから「センスがよくてお洒落」「共感できる」に変化したからではないか?と思います。

 昔からどんな歌手やアイドル、バンドにも、熱烈なファンもいれば徹底的に嫌うアンチも必ずいました。松田聖子のようにアンチの勢いもある意味人気の一部だったわけです。しかし「センスがいい」「共感できる」を目指されてしまうと、彼らを理解できないアンチは最初から置きっ放しにされてしまう。

「俺らはこれがお洒落だと思ってやってるんだから別にいいじゃん。嫌なら聴かなきゃいいじゃん」

という一種の“逃げ道だらけの世界でオ○ニーショーを演じている”状態が強すぎる。表面的で刹那的、まさに現代社会のSNS的な人間関係を象徴しているようです。

 昔、私の友人で音楽プロデューサーを目指している人がいました。彼は昼下がりのお洒落なオープンカフェや、夜のお洒落なバーが似合いそうな“聴いているとお洒落な人だと思われそうなアーティスト、音楽”を好んで聴き、そんな自分を周囲にアピールしていました。彼ならイイ年したオッサンになった今でも魚ナントカやTHE END OF THE WORLDのような歌手を好み、FacebookなどSNSで必死に自分のセンスのよさを訴えているんだろうな…そんなことを想像してしまいました。

 1990年代にも洋楽・邦楽問わず、お洒落な音楽を売りにするアーティスト、これまでにない音を使うアーティストはたくさんいました。しかし今ではほとんど残っていません。逆にKISSやX JAPANのようなひと癖もふた癖もあるいかがわしい(笑)バンドがまだまだビッグネームとして愛され続けているわけですよね。

 やはり昔も今も音楽って、半分くらいの人にはダサいと笑われても、カッコつけるためにするものなんですよ、多分ね(笑)


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