現在の閲覧者数:
無料カウンター
《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
火事に遭ったのが自宅、だったら?

2017-07-16 Sun 07:56
 自宅近所で火事がありました。

 私がそれを知ったのは、友人からのLINEでした。私の自宅付近じゃないか?と心配して連絡してくれたのです。さっそくネットで情報収集したところ、現場は確かに自宅近所。驚きました。

 とり急ぎ友人には、近所ではあるが私の自宅からは離れているので問題ないことを伝えました。

 帰宅後、私は一瞬だけ(現場を見に行こうかな?現場の写真を撮ろうかな?)と考えましたが、すぐに(いや、やめておこう。もし燃えたのがオレの家で、それを野次馬が撮影しているのを見たらどんな気持ちになるだろうか?)そう想像して、思い止まりました。

 その後、父に会ったらやはり火事のことが話題に上りました。父は火事について、近所に住む叔父からいろいろ聞いていました。原因、現場の状況、消火の時の様子、野次馬の中に誰がいたか、焼け出された住人家族がどこに寝泊まりするのか…。火事に見舞われた住人家族とは面識ないこともあり、正直あまりピンときませんでしたが、何となく一報をくれた友人に、これらのことを大まかに伝えようかな?と思ってしまいました。

 一応、興味本意な情報、不謹慎に伝わりそうなニュアンスは排除するなど、気を使って伝えたつもりでしたが、友人からの返信は「火災に遭われた方が気の毒なので情報はもう結構」というもの。あらら…注意したはずが、それでも気分を害してしまったようです。でも当然ですよね。至ってまともな反応です。

 反省しつつ部屋に戻ると、父がたった今、新たな情報を叔父から仕入れたところでした。それによると、今回の火事で家を焼く大きな炎が、何と般若の面そっくりの形になっている。そんな瞬間を捉えた画像がインスタグラムに投稿されて話題になっているというのです。情報源は叔父の息子と娘、つまり私の従兄弟。…先の友人に伝えたら完全に私の人格を疑われて絶交されるだろうなぁ(笑) 私の身内がこういうノリだったことに恥ずかしさを覚えます。

 今回の火事、ネットでちょっと検索しただけで多くの情報や画像が簡単に手に入り、状況を把握できました。便利な世の中になったものです。

 でも、例え誰かに教えたくなる絶好のネタであれ、スマホを構える前に、SNSの投稿画面を開く前に、“これがもし自分の家だったら?”想像しましょうよ。“他人が興味本意で自分の大事な家が燃えるのを撮影していたら?”とか“他人がいいね!欲しさに家族の思い出が詰まった家を燃やす炎を般若の顔にCG加して世界中に拡散したら?”

 便利になった一方で、世の中どんどんバ○になりつつあるな、と感じます。友人を不快にさせてしまった私もその一人かも知れませんが。

 なお、その般若の顔の炎は、私は見ていませんが、そんなのあるわけねーよっ!!絶対。どうせ誰かがCG加工したか、たまたま顔のように見えた瞬間を撮っただけで般若と言い張るには苦しい画像か、のどちらかですよ、きっと。

スポンサーサイト
別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

公衆の面前で爪を切るのは下品?

2017-04-27 Thu 00:00
 カフェや施設の休憩スペースなど、不特定多数の人が集う場所でくつろいでいると、たまに“パチン!パチン!”という音が聞こえてくることがあります。音のする方を見ると、そこでは大抵、オッサンがなに食わぬ顔で爪を切っている。ちなみに私の経験上、若者や女性が爪を切るのは見たことがありません。ほぼ100%オッサンです。

 わざわざ爪切りを持ち歩いてまで、余計な荷物を増やしてまで、こんな所で切る必要ないだろう…私はこの行為が嫌いです。もしかしたら彼らにとっては大切な暇潰しのひと時なのかも知れませんけれどね。

 なぜ公の場で爪を切ることを私は嫌悪するのか?そもそも爪って体の一部です。それが無駄に伸び、時に不潔に映るから不要な部分を処理するのだと私は思っています。

 ということは、伸びた爪は考えようによっては老廃物みたいなもの。ならば鼻くそや耳垢をほじくったり、頭を掻いてフケを落としたり、伸びた無駄毛を処理したりするのと同じことではないか?そういった行為を公の場で堂々としますか?しませんよね?恥ずかしいことですもんね?マナーに欠けるし気持ち悪い。堪ったものじゃない。

 ということで爪を目の前で切られ、カス…いや“爪クソ”?をばら撒かれるのが嫌なのだと思った次第です。

 まぁ感じ方は人それぞれですが、人前で行うことが好ましい行為ではなさそうですね。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

新幹線の座席の倒し方

2017-04-13 Thu 00:00
 最近、新幹線の座席の倒し方についての議論をあちこちで耳にします。

 確かに新幹線の座席の背もたれって、全く倒さない状態だとほとんど垂直。これではあまりくつろげません。長時間座り続けるのもキツそうです。かといって倒しすぎると後ろの人の顰蹙を買いそうで心許ありません。私は気が弱い方なので、文句を言われなくても(実は怒ってるんじゃないか?)と気になってしまいます。

 このような場合、私はどうするかというと、まず乗車した時点で後ろの座席に誰もいなければ、速攻で2段階倒します。もし既に乗客がいた場合は、座ってからしれっと1段階…少ししてもう1段階、って感じでしょうか?(笑) この2段階倒したくらいが自分もリラックスできて、後ろの人からもまず文句は出ない境界線のような気がするからです。倒す時に一声かけてもよいのですが、変な人や酔っ払いだと面倒臭いのであえて避けることにしています。

 ちなみに「めざましテレビ」が番組内で簡単な検証実験をした結果、最大に倒されても圧迫感はない、というのが被験者全員共通の意見でした。ただし、いきなりガッ!とやられると備え付けのミニテーブルに置いた飲み物がこぼれたり、気分を害されたりしてムカつく。事前にひと声かけて欲しい、と。結局、実質的に邪魔だとか何かをする妨げになるというよりも、気持ちの問題のようです。

 でも、実際に無神経に倒されてムカッときても、文句を言うのは止めた方が無難かと思います。なぜなら、そのような無神経で他者への思い遣りに欠ける、空気が読めない輩はきっと普段から家庭や職場でも嫌われて、まともに扱われていない人だろうからです。そんな輩を相手に正論を主張したり、感情に訴えても無駄なだけ、のような気がします。

別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

ヌーハラ=ナンセンスの極み

2016-11-16 Wed 19:26
 最近“ヌーハラ”なる言葉があることをご存じでしょうか?

 正確には“ヌードル・ハラスメント”。日本に来た外国人観光客がラーメン店で食事する際、隣で日本人客が麺をズルズル啜る音が下品で不快、耐えられない!と感じることを、こう呼ぶのだとか。中には「ブタみたいだ」と見下す外国人もいるようです。

 確かに欧米のテーブルマナーでは、音を立てて食事するのは下品、マナー違反とされています。だからといって、それが必ずしも万国共通の価値観ではありません。日本には古来から固有の文化・風習があります。(そば・うどんも含め)麺を啜るのは香りを楽しみ、麺とスープを絡ませ、さらには温度を下げるといった意味のある行為。これを否定するなら、箸やスプーンを使わずに手掴みで食事する文化、地べたに座って食事する文化をも下品と斬り捨てるようなもので、その国の歴史や宗教観まで否定することになりかねません。

 私が思うに、これは外国人でもごく少数派の見解ではないでしょうか?いくらなんでも今時のスタンダードとは思えません。つまり日本文化初心者の外国人が信じがちな「自分たちの文化が最も高尚でオンリー・ワンであるべき、それ以外はダメだ」というアレ。実際、テレビのインタビューに応じヌーハラを訴える外国人のほとんどが初来日でした。まぁ“郷に入っては郷に従え”ということですよね。

 でも、この件で一番問題なのは、わざわざこんなことを“ヌーハラ”なんて名付けた輩。そしてそれを大袈裟に取り上げ騒ぎ立てるテレビです。最初は戸惑うかも知れませんが、ほとんどの外国人は(多分)麺を啜るのは日本文化と柔軟に受け入れ、自分も麺を啜れるようチャレンジする。そういう人たちが引き続き日本を愛し、お金を落としてくれるはず。

 にもかかわらず、あたかも日本側に非があるように扱うから、“2020年の東京五輪に向け、おもてなしの意味で配慮しよう(麺をすするのはやめよう)”なんてアフォなことを言い出す輩が出てくるのでしょうね。

 個人的には入れ墨アリの外国人の温泉入浴問題と似ていると感じますが、結局はやはり“郷に入っては郷に従え”以上でも以下でもありません。外国人をおもてなしするのも結構ですが、それと引き替えに自国の文化・風習を否定しては元も子もありません。少なくともそれを“国際化社会”とは言わないと思いますけれどね。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

個人の都合や理屈でマナーを論じてはならないと思う件

2016-10-29 Sat 08:20
 東急電鉄のマナー広告が物議を醸しています。…最近こういうの多いですね(笑)

 このマナー広告、どんなものかというと、東急電鉄に寄せられた利用者の声やアンケート結果をもとに選んだ、電車内で目につくマナー違反行為をいくつかピックアップ。それらに対し、大学進学を機に上京した女子大生視点で物申す、という内容の動画(CM?)です。全8編中、現在4編が公開済みだそうですが、そのうち「車内化粧編」のみに“みっともない”という言い回しが使われていることが問題のようです。「なぜ化粧が迷惑なのか?」という主張に加え、女性差別と感じた人も多いようですね。

 では、「車内化粧」は本当にみっともないことでしょうか?私が目にしたテレビ番組やネットのアンケート調査の結果によると、どれも男女問わず「みっともない」という声が多数派でした。ということはやはり一部の“ノイジー・マイノリティ”が騒動を大きくしているように思われます。まぁ実際は「車内化粧」だけでなく「割り込み」や「歩きスマホ」も十分“みっともない”ですけれどね。

 でも私は、こういうことはあれこれ議論する以前に、マナー違反とされる行為をする自分を客観的に見れば大抵の行為は“みっともない”と感じられるはずだし、改められると思っています。

 昔私は、通勤中の電車内で優先席に座りケータイを操作していました。すると隣に座っていた見ず知らずのお爺さんから「ここは優先席ですよ。優先席でケータイを使ってはダメですよ」と注意されてしまいました。

 私は一瞬ムッとしました。それは単に(オレ以外にも優先席でケータイをいじってる輩はたくさんいるじゃないか。それにオレは忙しいビジネスマンなんだから仕方ないだろう)という自己中な理屈からです。

 しかし冷静に考えると悪いのは100%私です。例え一瞬でも自分の非を認めず、正しい指摘をしてくれたお爺さんにムッとした自分を恥じました。

 イヤホンの音漏れを注意されたこともあります。当時私は、イヤホンから漏れる音よりも乗客同士の会話の声や電車自体のガタゴトいう音の方が大きい、だから音漏れは「うるさい」のではなく「不快」が正しい。よってイヤホンの音漏れを否定するのなら臭い奴、不細工な奴、太った奴、服装がダサい奴…それらの「不快」も否定すべき。それが出来ないならイヤホンの音漏れだけを目の敵にするな、と本気で考えていました。

 しかし隣のおばさんに肩を叩かれ「音が漏れてますよ」と言われた時もケータイの時同様、一瞬ムッとしましたが、冷静になるとそんな理屈をコネて自分を正当化しようとした自分はダサいと反省。
 
 それらの経験を経て、私は優先席(足腰が痛いことが多く、空いているとつい座ってしまいます・笑)では何があってもケータイ(スマホ)は持たないし、車内で音楽を聴く時も音量はミニマムに絞るようになりました。

 正直、私はそれまでは自分の都合、自分の理屈でマナー違反を正当化していたわけです。でも実際には優先席でケータイをいじる自分、満員電車内でシャカシャカ音漏れさせて音楽を聴く自分、どちらもみっともないし、カッコ悪いですよね。ちょっと情けないですが、赤の他人から注意されたことで、自分の行為や態度を客観視出来るようになりました。やはり公共の場では個人の都合、個人の理屈は封印すべきです。

 車内の化粧については明確なルールはありませんが、不快に思う人が多いのは事実です。「朝は忙しく時間がないから仕方ない」や「私は他人の目は気にしない」などの個人の都合・個人の理屈抜きで“電車内で化粧する自分”を客観視し、それでも化粧OKなら仕方ありません。でも、もしみっともない、カッコ悪いと感じて態度を改めれば、今後電車内では、きっと自分も周囲の人たちも気持ちよく過ごせるはずです。

 最後に…車内化粧に限ったことではありませんが、何かと「時間がない」ことを言い訳にする人がいます。でも大抵そういう人に限って、「時間がない」のではなく「時間の使い方が下手」なだけなんですよ(笑)


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

テーブルに食事と無関係のものは置いちゃダメ

2016-09-11 Sun 19:20
 この4月から毎朝のささやかな楽しみだった「グレートトトラバース2 日本2百名山一筆書き踏破」(BSプレミアム)、その15minヴァージョンの放送が間もなく終了します。

 「グレートトトラバース2 日本2百名山一筆書き踏破」については昨年からこのブログにも何度も書いた、私のお気に入りコンテンツ。チャレンジ自体は昨年行われ、それを追ったドキュメンタリー番組も旅の様子を綴った書籍も既に過去のものです。それでも毎回15分ごとに再編集されたVTRは新鮮だし、まだまだ私の知らなかった出来事や風景、田中陽希氏の苦悩などが見えてきて楽しいですね。

 さて、そんな番組を通して田中陽希氏のチャレンジを改めて見ていて気になったことがありました。

 それは9月8日放送の「山陰路」というエピソード。田中氏が旅の途中、ある食堂に立ち寄り地元名物の「ごぼう麺」を食べるシーンです。彼はお一人様ですが、食堂側の都合なのか何人も座れる大きなテーブル席に着いて食事しています。それは構わないのですが、よく見ると彼の持ち物…登山用手袋やカメラ(スマホ?)、小物を収納する防水袋などがさも当然のごとく隣の席、テーブルの上に置いてあるんですよ。

 実はこういった光景は過去の放送に何度もありました。今回はまだマシな方で、彼の癖なのかウエストポーチやキャップ、飲みかけのペットボトル入りドリンクなど、私の常識では絶対に置かないようなものまでさも当然のように置く。後から来店したお客さんのために席を空けておくべきなのはもちろん、ポーチやキャップ・手袋は汗やほこりまみれで不衛生だし、飲み物メニューも揃えている(はずの)飲食店のテーブルにペットボトル入りドリンクを置くのも(実際には口をつけないとしても)マナー違反です。恐らくテレビに映っていない時も含めたらもっと多いのでしょう。

 まぁこれは田中氏に限ったことではなく、日常的にあちこちで見られることだと思います。荷物はしかるべき場所、棚や荷物用籠の中、床の上、最悪でも椅子の上に置いてほしいものです。

 田中氏に恨みがあるわけではありませんが、彼は注目度が高い分、もうちょっと考えた方がよいでしょうね。NHKも出来ればこういったシーンは映さない方がベターだったと思います。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

雨の日にされてイラッとすること

2016-06-24 Fri 00:00
 昨日放送の「めざましテレビ」で、“雨の日にされるとイラッとするマナー違反”を紹介していました。うろ覚えですが

第3位「すれ違う時に傘を傾けない」
第2位「傘の先端を後ろに向ける(傘を肩に担ぐように差す)」

そして

第1位「近くに人がいるのに傘をバシャバシャ振って水滴を切る」

でした。確かにどれもイラッとしそうです。

 しかし私がこれらの行為以上にイラッとするのは、

「電車内で濡れた傘を他人に触れさせる」

です。具体的には、雨の日に片手でつり革を掴み、もう一方の手でスマホをいじる輩。すると傘は持てないのでスマホをいじる方の腕に引っかけます。でも彼らの腕に引っかかった傘って真下を向いていないんですよ。たいてい斜めに傾いて、隣に立つ人の脚や前の座席に座る人の膝に先端が当たり、衣服を濡らしてしまう。

 たまに自分の傘にマメに気を配り、誰かに当たっていないか?大丈夫か?チェックする人もいます。そんな人の傘なら多少濡らされても我慢する気になりますが、ほとんどの場合はスマホいじりに夢中になり、自分が迷惑をかけていることにすら気付かない輩というわけです。

 私はこの被害に遭うたび、必要以上にムカついてしまうのですが、その理由は恐らく衣服が濡れること以上に、いつでもどこでも常にスマホ(どうせゲームかSNSくらいしかすることない人なんでしょ?)いじりを最優先したがる種類の人、私が最も嫌悪するタイプの人から被害被るのに腹が立つのでしょうね。まぁこちらも混雑した電車内で座らせていただいている状況なので、我慢しなきゃとは思いますけれど。

 そういえば、昔読んだ「かりあげクン」(©植田まさし)という漫画に、こんなエピソードがありました。全く同じ状況に迷惑していたかりあげクンが、ある日靴ベラ持参で電車に乗るのです。そして自分の前に立った人が持つ傘から水滴が垂れてきたら、その靴ベラで水滴を一旦受け、そのまま相手の靴の上に流すんです(笑) 

 さすがにかりあげクンの真似は出来ませんが、これを思い出すだけでも意外とスッキリするものです。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

いい年してアイドル好きはキモいのか?

2015-09-08 Tue 18:43
 タレントの武井壮が、アイドル好きの思いとその人生観について自身のツイッターで告白したそうです。

 彼はツイッターで

「いい年してアイドル好きはキモいとか言うやつがいるけども。いい年してアイドルの良さも分からねえヤツはふびんだと思うぜ」
「いい年だろうが若者だろうがこの世の中で心の底から楽しめるものが多いほど人生は豊かだ。オレは何歳になろうがどんな地位にいようが地球を最大限楽しんでやろうと思う」

と、好きなものは好きという姿勢を貫いたほうが人生幸せだという持論を展開。これを見たネットユーザーの間で賛否両論巻き起こっているのだとか。

 これについて、“いい年した”大人の一人である私個人の意見は、どちらかというと“反武井”でしょうか?すなわち「いい年してアイドル好きはキモい」に一票、と(笑) まぁそれ以前にどちらが正しい、と結論を出すべきことではないし、あえて議論するレベルの問題でもないと思います。

 ただ、いつも思うのですが、この手の議論で「いい年してアイドル好き」肯定派の意見の中に多く見られる

「自己責任で勝手に好きなことを楽しんで何が悪い?!」

という主張だけは受け入れられないんですよ。なぜならこの類の意見からは“自分さえよければいい”というエゴしか感じられないからです。

 確かに強盗や不法侵入など犯罪に手を出すことなく、自分の給料や小遣いの範囲内で楽しむのであれば、30~40歳代(それ以上?)でアイドルオタクというのもアリかも知れません。

 しかし社会と関わり合いながら普通に生きていれば、恋人を作る機会も、結婚して子供を儲ける機会もあるでしょう。独身だって社会で仕事して色々な種類の人々と出会えば、否応なしに異なる価値観を持った人と付き合う必要性も出てくるもの。そんな環境に身を置けば、普通は「自己責任で勝手に好きなことを楽しむことの何が悪い?!」なんて簡単に言っていられないと思うんですよね。

彼女や奥さんからは「アンタ、いい年してまだそんなのに夢中なの?いい加減卒業したら?」と呆れられ、
子供からは「パパが若い女の子に夢中なせいで学校でクラスメートから虐められる」と泣きつかれ
上司からは(コイツを昇格させて部下の面倒を見させても大丈夫なんだろうか…?」と信頼を失い
友達や同僚からは「お前いい年して絶対ヤバいって!」と注意され、変わり者扱いされ

…どんどん立場が弱くなると思います。それでも胸を張って「いや、それでもオレは自分を信じて我が道を行くんだ!!」と言える人は凄いですが、普通は仕方なく周囲に協調して自分を折り、穏やかに日々過ごすことを選ぶわけです。つまり自分のエゴよりも周囲の人々の気持ちや調和を優先出来る人、それが “いい年した大人”なのだと私は信じているわけです。

 では「自己責任で勝手に好きなことを楽しむことの何が悪い?!」と主張する人の多くは、なぜそのような考え方をしない(しなくて済む)のか?というと、想像ですが、自分のエゴを最優先するために自分に似た価値観の人、自分を批判しない人しか身近に置かないから。無理してまで自分と異なる価値観の人たちとは付き合わない。そしてそれは傍から見ると社会的に“偏った”生き方に見えてしまう。これをするのが10~20代の若者なら、まだ若いんだし仕方ないかな、とも思えます。しかし30~40代のオッサンだとどうでしょう?やはりどうしても異質さを感じざるを得ません。私はこの“異質さ”こそが“キモい”なのだと思います。…あくまでも私のこれまでの経験から構築された価値観をベースに考えると、ですけどね。

 ではオッサンはアイドルを楽しんではいけないのか?というと、そんなことはないと思います。でも分相応に、社会的立場を弁え、一人で(もしくは同じ趣味の仲間同士)こっそり楽しむ。間違っても周囲の人々やSNSにアイドル愛をアピールしない…というのが個人的に理想だと思いますね。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

相手の気持ちを想像できない撮影者たち

2015-07-28 Tue 07:44
 7月26日朝、東京・調布の住宅地に小型飛行機が墜落、死者を出す惨事となってしまいました。

 このような事故が発生した場合、第一報を受けたテレビ局の取材クルーが現場に到着する頃には既にカオスな状況は一段落していて、視聴者が喜びそうな派手な“画(え)”が撮れないことが多い。したがって現場付近にいた一般人がたまたま撮影した“鮮度の高い動画”をあさり、テレビで流すことが今や当たり前です。

 でもねぇ…こういうのってどうなんでしょう?私は個人的に疑問に感じます。

 確かに今は、何か起きれば誰でもケータイ・スマホで即動画を撮影可能な時代です。一般人が撮影した粗い動画でも事故の悲惨さは十分視聴者に伝わります。決定的瞬間を手に入れて高視聴率を期待出来るテレビ局は万々歳。自分が撮影した動画がテレビで使われ誇らしげ、謝礼も貰えて(?)一般人も大満足…これも一種の“win-win”の関係でしょうか。客観的に見たらとても合理的です。

 しかし人として感情ベースで、倫理的観点から見ると、こういった撮影って最低最悪じゃないですか?(笑)

 なぜならほとんどの撮影者は、人の不幸を意気揚々とカメラに収めているわけです。せめて周囲の人々からどう思われているのか?想像して欲しいですね。

(おっ!やってるな!!凄い映像撮れた?やったね!!)

なんて思ってくれるひとはごく希でしょう。普通は

(うわぁ~コイツ最悪!!他人の不幸を何だと思っていやがるんだ?!こんなヤツ、どうせ女にモテないんだろうな。親友もいない寂しい奴なんだろうな)

なんて見下されて、気持ち悪がられるのがオチです。…そもそも事故現場でカメラを回す人なんて、(仕事なら仕方ないですが)他人からどう思われるか?よりも自分が目立つこと、得することしか考えていませんけれどね。

 私はこれまで大きな事件事故の現場に居合わせたことはありませんが、駅のホームで人が病気で倒れたなど、ちょっとした騒動やトラブルを目にしたことはあります。

 そんな時、カメラ撮影したくなる気持ちは分からないでもありません。「今日、こんなことがあったんだよ!」と話のネタになりそうだし、ネタにするなら画像(動画)もあった方が伝わりやすいし…なんて自己中な考えに浸ってしまうこともなくはないです。でも、そんな時は必ず、

「もし倒れているのが自分や身内、大切な友達や愛する人だったら?彼らが話のネタにと面白半分で他人に撮影されたらどう感じるだろう?」

と想像することにしています。そうすれば実際に撮影するに至ることはまずありません。

 今回の飛行機墜落事故でも、一軒のお宅が丸焼けになり、母娘二人暮らしの娘さん(ペットの10匹のワンチャンも)が亡くなったそうです。撮影時に死者の有無まで分からなくても、家が燃えている様子を見て、住人はどんな気持ちだろうか?もしこれが我が家だったら?…ちょっと想像すれば、まともな神経の持ち主なら撮影は続けられないでしょうし、“○○さん撮影”なんて字幕が入った動画がテレビで流されることを恥ずかしいと感じるはず。

 小さい頃、誰かに意地悪すると、親や先生にこう言われませんでした?

「相手の気持ちを想像してみなさい。お前が誰かに同じことをされたら、どう思う?」

と。私はよく言われたし、その言葉通り素直に想像してみることで精神的に成長出来たと思っています。そんな簡単な、小さな子供でも習得しているスキルが備わっていない“体の大きな子供”が世の中には多過ぎる…ニュースを見てそんな気がしました。



別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

“急ぎたい、でも楽もしたい”に喝!!

2015-07-17 Fri 07:43
 ある朝のことです。

 私はいつものように、自宅最寄り駅2階にある改札口へと続く上りエスカレーターに乗っていました。通勤ラッシュが一段落した時間帯なので急ぐ人は少なく、エスカレーターの上を歩く利用者もほとんどいません。私も楽をする(脚が疲労していた)ため、立ち止まった状態で乗っていました。

 すると私のすぐ後ろ…恐らく一段下に立ち、背中にピッタリとくっつくオッサンがいることに気づきました。このエスカレーターは幅が狭く追い越し出来ませんから、(空気読んで歩けよ!!)と意思表示したつもりなのでしょう。しかし私は歩くことなくそのまま乗り続けました。

 ようやく改札口のある2階に着くと、ちょうどオッサンの乗りたい電車がホームに停車中のようです。オッサンは猛ダッシュでホームへの階段を下りますが…そんな努力も虚しく、まるでドラマか映画のワンシーンのようにオッサンの目の前でドアは閉まってしまいました(笑) この時、気分がスッキリ爽快になった私って、イヤな奴でしょうか?(笑)

 まあ、ちょっと意地悪だと思われるかも知れませんね。でも、そもそもエスカレーターって体が不自由な人やお年寄り、妊婦さん、そして多少遅れても構わないから楽して上りたい人が利用するものだと私は信じています。本当に急ぐのなら階段を駆け上がるのが最も確実に早く移動可能なわけですし。“急ぎたい、でも楽もしたい”というのは自分勝手、虫がよすぎますよね。

 まぁ私もラッシュアワーなど混んでいる時間帯には周りに合わせますし、前に誰もいなければエスカレーターを駆け上がる人がいても気にしません。でも基本的にはそういう考え方なので、この時もオッサンのためにわざわざ疲労した脚を動かす気にはなれず、文明の利器の恩恵にあやかったわけです。

 そもそもエスカレーターには歩行禁止を示すシールも貼ってあるし、私は何一つ間違ってはいないはず。でも今の社会、なぜかエスカレーターは歩いて上る(右側を急ぐ人のために空ける)のがよいマナー、立ち止まって道を塞ぐのは空気が読めないバカ野郎、と思い込んでいる人の方が多数派だから困ったものです。


別窓 | モラル | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

| 瑠璃色幻想曲 | NEXT