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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
昔はよかった幻想

2017-04-10 Mon 00:00
 「日本のドラマ史に残る最高傑作だよ!」と子供の頃好きだったドラマを人に教えたり、「あのインスタントラーメンはメチャクチャ美味かったよ。また発売したらまとめ買いするのに」と昔ハマった食べものに思いを馳せたりすることがあります。プロレスファンの私は「あの昭和ウン年の蔵前決戦はプロレス史に残るベストバウトだよ!」とたまに言いますね。

 ところが実際にDVDボックスが発売され、改めてそれらのドラマや試合を見ても、(あれ?この程度だっけ?もっと感動したはずなんだけどなぁ…)とガッカリしたり、わざわざネットオークションで手に入れて食べてみたら(あれ?どこにでもある普通のインスタントラーメンじゃん。おかしいなぁ…)と納得できなかったり。珍しいことではありません。

 なぜそうなるのか?恐らく年月の経過とともに我われの価値観も変化、または多様化し、それに合わせて改良されたドラマや商品に慣れてしまうからでしょうね。中には長年変化せずとも愛され続ける商品もあるし、変化したものの原点回帰したことで支持されるコンテンツもあります。でも大半は後で振り返ると、どうしても違和感を覚えてしまいがち。幼い頃に感じた印象とは違う印象を抱くのだと思います。もちろん我われが年齢を重ね嗜好が変化した結果でもありますが、いずれにしても過去の体験はあくまでも大切な思い出として自分の記憶に留めておくのがよさそうです。

 ところがテレビ業界、特にお台場方面のテレビ局関係者の中には、こういったことを理解していない人が多いように感じます。テレビ番組のあり方を討論する番組(企画)を見ると顕著ですが、必ずこんな意見を言う人がいるのです。

「昔のテレビ(番組)は今よりも面白かった。批判を恐れることなく思い切った番組が作れたからだ。それに比べて最近は批判を恐れ慎重になりすぎた結果、つまらないものしか生まれない。もう一度あの頃のような番組が見たい」

それで本当に視聴者が帰ってくるのでしょうか?私はこれも“昔はよかった幻想”のひとつだと思うんですよね。

 バブル崩壊やリーマンショックを経験した今、例えば莫大な製作費をかけて作った派手で豪華な番組を有り難がる人がどれだけいるでしょう?食べものを粗末に扱ったコントやゲームを見て喜べるでしょうか?女性の裸が出てくる番組は…見たくないといえば嘘になりますが(笑)それ以上に刺激的なコンテンツが溢れる今、中途半端でしかないのでは?芸人が裸になることも否定はしませんが、彼らがあれで年収数千万だ億だ稼いでいると知った今、昔のようには笑えません。かつては間違いなく面白かった、たけしのギャグも痛々しいし、テリー伊藤の企画・演出も古臭い。「お笑いウルトラクイズ」も「スーパージョッキー」も「元気が出るテレビ」も大好きだったし、よい思い出ですが、多分今見たらガッカリする可能性が高いでしょう。つまり、かつてのような滅茶苦茶な番組がなくなったのは、コンプライアンスや批判云々以前に、今の時代にさほど求められていないからなんですよ、きっと。

 かつて日本経済が元気で、誰もがバカや無駄を楽しむ余裕があった時代がありました。ネットも存在しなかったから、テレビで満足せざるをえなかった時代でもありました。そして今、視聴者が成熟し賢くなり、テレビに望むもの、求めることが変化しました。各テレビ局はそれを理解し、現代のニーズに合った面白い番組を作り、視聴率を競い合っているものと思っていましたが、どうもお台場方面のテレビ局だけは、本気で昔のままの番組を復活させれば数字が取れると信じているように感じますね。

 “イッキ飲み”に例えると分かりやすいでしょうか。バブル時代、飲み会でイッキ飲みというアフォな習慣がありました。周囲に乗せられて、もしくは罰ゲームのひとつとしてお酒をコップ(ジョッキ)一杯分一気に飲み干す、というアレです。確かに当時あの輪の中にいることが楽しかったし、アレをやってオレは青春を横臥しているんだぜ、と勘違いした人は多かったでしょう。しかし今ではイッキ飲みは危険だし、ダサいし、アフォらしいと考え、しない人がほとんどです。

 だから「あの頃は(あれはあれで)楽しかったよね」と懐かしむことはあっても、「もう一度あの時代のように飲み会でイッキ飲みしよう、イッキ飲み文化を取り戻そう!」なんて言う人は社会の輪から弾かれがちです。それと同様、お台場方面のテレビ局関係者で“昔はよかった幻想”に囚われる人たちは、テレビ業界及び視聴者の輪から弾かれているようにしか見えませんね。



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“渋谷のアレ”がイヤな理由

2016-11-02 Wed 00:00
 今年もコスプレ馬鹿騒ぎ…いえ、コスプレして練り歩く人々で10月末の渋谷が盛り上がったようです。

 まぁ、今さら「そもそもハロウィンとは…」なんて説くつもりはないし、新しい文化風習は積極的に楽しむ方が人生お得、と考えないわけでもありません。

 しかしどこかの組織がキチンと仕切るイベントや、家族や仲間同士集まって行うパーティはともかく、“渋谷のアレ”は個人的にどうもイヤなんですよね。マナー違反や無駄に街が混雑して迷惑なのもその理由の一つですが、特に以下の3つの理由でイヤです。


※以下、あくまでも私個人の戯言です。共感できる人だけお読みください。


◆理由1:努力しなくても参加できてしまう

 ハロウィンと市場規模が比較されがちなバレンタイン。義理チョコは別として、「好きな人に告白する日」という本来のバレンタインを満喫するためには、女性は思い切って相手に気持ちを伝える努力、男性も告白されるだけの価値を備える努力が必要です。

 クリスマスも同じ。過ごし方は多種多様ですが、恋人と親密に過ごす日と考えるなら当日までに彼氏・彼女を作る必要があります。そのために自分磨きに励む、お金を貯めるなど相応の努力や投資をしなければなりません。

 つまり、どちらもそれなりに頑張った人たちが楽しむ権利を得られるイベントであり、そういう人たちは外野から見ても尊重したくなります。別段周囲に迷惑をかけていない点にも好感が持てます。

 ところが渋谷のアレ、ハロウィンは、コスプレ衣装を準備する手間こそあれ、好かれる、自分磨きするなどの努力は必要なく、誰もが参加できてしまう。つまり参加するためのハードルが低い分、参加者の質、モラルやマナーも悪くなり、見ていて不快なのだと思います。


◆理由2:努力しなくても注目されてしまう

 本来、他人に興味を持ってもらうためには、並の人以上に特別な何かが必要です。例えば「アップル社で働いている」「嵐のメンバーと一緒に仕事している」「年収1億円」「甲子園に出場した」「映画が好きで年間100本見る」「毎年3、4回海外旅行している」など。

 しかし残念ながら世の多くの人々は、これといって誇れるネタを持っていません。聞いたこともない会社でよく分からない部品を作っていても、月に1回だけ奮発して焼き肉を食べに行っても、年収500万円でも、他人はほとんど興味を持てないわけです。もちろん平凡な人生は悪くありません。でもそんな人に限って身の丈以上に他人から注目されたがる。

 そんな時、手っとり早いのがコスプレです。努力も投資もさほど必要なく、有名なキャラを装うだけで多かれ少なかれ注目されるし、同じ趣味嗜好の人から話しかけてもらえる可能性もあります。収入を増やしたり時間と費用をかけて趣味のお宝コレクションを増やしたりするよりも断然楽チン。“渋谷のアレ”には、そういった楽して欲求を満たそうとする安易な思惑が垣間見えて不快なんだと思います。


◆理由3:努力しなくても友達(仲間)ができてしまう

 路上で見ず知らずのコスプレイヤー同士が声をかけ合い、一緒に写真を撮って満足するのは、Facebook上で友達を増やしたり“いいね!”をクリックし合うのと、表面的で薄っぺらな点でよく似ています。刹那的には楽しいかもしれませんが、リア充のように振る舞われると不快を通り越して恐怖すら覚えます。


 ということで、私が“渋谷のアレ”が嫌いな理由が見えてきました。ほとんど努力することなく己の欲求を満たそうとする行為に派手にスポットライトが当てられ、しかもテレビが大々的に取り上げるからでしょうね。逆にテレビが取り上げなければここまで不快に感じることはないのかも知れません。

 テレビに出る人って、厳しいオーディションを勝ち抜いた人や、特別な能力を身につけた限られた人だと思っていたので、この矛盾にモヤモヤしまくりです。


 
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他人の常識・価値観の“個性”を否定する人々

2016-04-27 Wed 00:03
 熊本地震を機にバラエティ番組を自粛する傾向にあったテレビ業界。これを批判した実業家のホリエモンと、彼を批判し自粛を肯定した教育評論家の尾木ママがネット上で対立しています。

 さらにこの出来事を取り上げたいくつかのテレビ番組でも出演者が議論…というか問題の是非とは別にホリエモンを批判する声が目立ちます。

 ホリエモンを批判する出演者、いわゆる“タレント”と呼ばれる人たちがよく口にするのが、「ホリエモンの主張は合理的で、必ずしも間違ってはいないが、感情(人間味のある優しさ)がない」ということ。つまり彼のような“個性的な考え方”をする者は変わり者であり、好ましい存在ではない、とでも言いたげです。しかし私は、これはちょっと違うと思います。

 まず、本来ホリエモンは実業家、ビジネスマンであって、テレビに出て視聴者を楽しませることを生業とするタレントではありません。そして、そんなビジネスマン、特に彼のように大成功して大金持ちになるような人は、常日頃から合理的で客観的事実しか見ないもの。ビジネスを行う上で感情ベースの考え方は無意味と考えるものです。

 その一方で、テレビに出るタレント…芸人や俳優、アナウンサーらにとってテレビは“職場”。彼らは視聴者に嫌われないよう、視聴者の感情を尊重し、感情に配慮して発言します。

 ホリエモンと尾木ママ、どちらの意見が正しいかはともかく、このようにホリエモンとテレビタレントの価値観は最初から大きく違うわけです。よってテレビの中では“多数派”であるタレントたちが、一律ホリエモンを「アイツは変だ」と批判すると、視聴者にはそれが世間一般の多数派意見のように聞こえてしまい不公平。というか、むしろ危険です。私の想像ですが、逆にホリエモンの周囲の実業家たちに意見を聞けば、きっと「アイツ(TVタレント)ら何言ってんの?バカじゃね?」みたいな、ホリエモンに近い考え方をする人の方が多数派かと思いますけれどね。世の中そういうものです。

 「客観的事実に基づいた合理的意見」、「感情に基づいた人間味のある意見」、どちらも大事です。私個人は、仕事上では前者重視、プライベートでは後者重視を心掛けるのが理想的と考えてきました。そう考えたら、ホリエモンにとって本来の仕事もテレビ出演も、どちらもビジネスです。私たちがテレビで見るホリエモンが常にあのような合理的で客観的な意見を主張するのは筋が通っており、私は好きですけれどね。

 それにしても人って、ブサイク、ブス、デブ、ハゲ、チビ、左利き、胃拡張(大食い)など、身体的個性についてはあからさまに否定しないのに、常識や価値観など心の個性については、割と平気で否定するものですね。というか、そういうのも個性なんだと気づいていないのでしょう。心の個性を否定する行為こそ変だ、ということを考えて欲しいものです。





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精一杯頑張ってもマニュアル通りの接客しかできない人を批判すべきではない件

2016-04-24 Sun 10:10
 先日、昼の某テレビ番組で『マニュアル一辺倒の接客しか出来ないファストフードやコンビニの店員はアリ?ナシ?』というテーマで出演者たちが意見をぶつけ合っていました。

 どうやら俳優の梅沢富美男氏が、差し入れ用のハンバーガーやドリンク40人分を買おうと、マネージャーとともにファストフード店を訪れた際、店員さんから「店内でお召し上がりですか?それともお持ち帰りですか?」と訊ねられたことに腹を立てたことがきっかけで、このテーマを議論するに至ったようです。

 彼はその店員さんと、さらに呼び出した店長(?)に対し、「常識的に考えて(2人で)40個なんて食うわけないだろう!!もうちょっと考えてモノ言えよ!!」と怒鳴りつけただけでなく、「本当に40個食えるかどうか、お前が試してみろ!!」と店員さんに迫ったことを、興奮覚めやらぬ様子で語りました。

 この梅沢氏の主張に対し、10人ほどいた出演者の半分強が【ナシ】。つまりマニュアル通りにしか接客出来ない店員なんてけしからん、もっとよく考えて状況に合わせた対応を心掛けるべきだ、と同意しました。特に坂上忍氏はかなり強く否定。彼曰く「マニュアルはあくまでも接客の入り口であり、そこから店員一人ひとりが工夫してお客さんごとにベストな接客が出来るようにすべき」というわけです。【アリ】を主張したアンガールズに対しても、「お前らだってマニュアル通りでなく、アドリブとか工夫して努力したから売れたんだろう?!」と怒っていました。

 でも私はこのテーマ、100%【アリ】…とは言いませんが、概ね【アリ】で構わないと思っています。それ以前に梅沢氏や坂上氏の主張は一部間違っているし、それをまともに指摘出来る出演者がいなかったことが残念でした。

 まず、「40個(1人当たり20個)のハンバーガーを一度に食べる人はいない」というのは、いつ、誰が決めた常識でしょう?恐らく梅沢氏個人の“常識”のはずです。まぁ実際そんなにたくさん食べる人は滅多にいないとは思いますが、世の中にはギャル曽根やもえあずのように、外見からは判断不可能な大食いもいます。そんな人が来店した時、店員が最初から「持ち帰り」と決めつけ、「店内で~」の問い掛けを端折れば、それはそれで相手をイラッとさせるでしょう。それを防止するために、平等にお客さんを扱うためのマニュアルが存在するわけす。もしかしたら「2個は店内で食べるけど、残り38個は持ち帰りたい」人もいるかも知れません。これらが極論かどうかはともかく、そもそも大の大人が自分の常識が唯一正しいと信じている時点でアウトですね。

 そしてもっと大事なこと。それは、広い世の中には坂上氏が言うような「マニュアルを接客の入り口と考え、サービスを発展させられる人」ばかりでなく、「精一杯頑張ってもマニュアル通りの接客までしか出来ない人」もたくさんいるということ。むしろスポットライトが当たらないだけで、そんな人たちの方が多いかも知れません。つまりマニュアル通りの接客とは、あくまでもお店が最低限保証する接客のこと。レベルは高くない分、そういったお店の商品は安価なはずです。もしそれ以上のキメ細やかで心のこもった接客を求めるのなら、コンビニやファストフード店は利用しない方がよいでしょうね。

 恐らく梅沢氏も坂上氏も頭がよく、当たり前に努力が出来て自分を高められる人なのでしょう。だから芸能界で成功したのだし、年収だってサラリーマンの平均年収に比べたら桁違い(想像)なんですよ。しかしそんな彼らは“普通”なんかじゃなく、あくまでも“特別。”世の中には、それ以下の人もたくさんいます。

 この番組、とりあえずこのコーナー終了までは見ましたが、“大御所”に遠慮したんだか私のような意見を主張するタレントは残念ながらいませんでした。私の想像ですが、恐らく番組制作に関わったほとんどの人が梅沢・坂上的価値観以外の価値観の存在を想像出来ないまま、番組を作ってしまったのでしょうね。

 もちろん彼らが主張するよう、プロである以上どんな仕事でも誰もがマニュアルの1ランクも2ランクも上の接客を目指すべき、そんな心構えで仕事に望むべきだとは私も思います。でもその一方で、努力してもどうしても上手く出来ない少数派を無視するのもまずいですよね。なぜなら今のご時世、テレビを楽しみにしている視聴者って、ほとんどそんな人たちかも知れませんよ?賢い人、己を高めるために必死な人は、彼らが出演する下らないバラエティ番組なんて(多分)見る暇ありませんって(笑)



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もっとカップヌードルが食べたくなるCMを!!

2016-04-13 Wed 00:00
 3月末からオンエア開始された日清カップヌードルの新CMが、わずか一週間で放送中止となったことが話題になっています。

 その原因は定かではありませんが、どうやら架空の大学『OBAKA'S UNIVERSITY』の教授役で、“危機管理の権威”として自虐的に登場する矢口真里を快く思わない視聴者からのクレームのようです。3年前に彼女自身、不倫が原因で長期休業に追い込まれたのに反省していない、不謹慎だ、ということでしょうか?

 その一方で、「よくぞこのようなチャレンジ精神溢れる面白いCMを作ってくれた」と日清を擁護する声もあり、矢口キャスティングの是非のみならず、炎上を恐れ思い切った挑戦をしない昨今の業界のあり方についても賛否両論巻き起こしています。

 私個人は、クレームの是非はともかく、確実に好感度の低い矢口をCMに出したらカップヌードルの印象も悪化し、売り上げが落ちるかも知れないのに…でもそれは企業や広告代理店の責任で自由にすれば?以上でも以下でもありません。

 それよりもこのCM、私は以下のことにウンザリです。

 まず、『こういった連続ドラマ(?)仕立てのCMはもう飽きたよ』ということです。

 昨今、ソフトバンクの白戸家シリーズをはじめ、auの三太郎シリーズ、キリンのどごしの同窓会シリーズなど、一種類でなくドラマのように何作も用意され、ストーリーが継続し、随時新キャラを投入する、というパターンのCMが増えました。今回問題になった『OBAKA'S UNIVERSITY』シリーズも恐らくそんなふうに展開してゆくのでしょう。

 しかしこれ、先ほども述べたように白戸家や三太郎とは、出演するタレントの好感度(スキャンダル絡みの矢口、新垣はもちろん、呂律が回らず何を言ってるのか難解なたけしも含め)が大違いです。CMとしては致命的でしょう。

 さらに、白戸家や三太郎のCMが、家族や仲間とのアットホームな日常→会話・コミュニケーション→電話やメール、SNSなどモバイル通信→携帯電話(スマホ)、とイメージ出来ます。十分CMとして成立するのに対し、『OBAKA'S UNIVERSITY』が(まだ1作目しか見ていませんが)どうカップヌードルと関係あるのか?なぜカップヌードルのCMにこんな設定が必要なのか?解せません。ひょっとしてアイデアや話題性ありきなんじゃないの?と勘ぐってしまう。この時点で私的には、矢口云々以前に心が離れてしまいました。

 そもそも私は、カップヌードルが今すぐ食べたくて堪らなくなってしまう…そんなCMが見たいです。まだ浅間山荘事件で現場にいる関係者がカップヌードルを食べる映像を見せられた方が、効果的だったりして。企業としては話題性も大事ですが、わざわざ好感度の低いタレントを出演させ、カップヌードルの魅力(美味しさ)を二の次にした?CM、それを今後もシリーズで見せられると思うとウンザリします。

 これって、楽曲は大したことないのに、やたらストーリーやゲスト出演者にこだわった、J-POPのPVみたいですよね(笑)



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親に玩具を破壊された「ありがたい」経験

2016-02-26 Fri 18:23
 2月12日の東京新聞に掲載された、ヴァイオリニスト・高嶋ちさ子の子育てコラム「ゲーム機バキバキ事件」が物議を醸しています。

 ご存知ない方のために簡単に説明しますと、

・彼女はかねてから自分の子供にゲームを与えない方針を貫いてきた。
・しかし9歳の長男が友達の母親からゲーム機をプレゼントされたため、特別に使用を許可。公平にと6歳の次男にも自らゲーム機を買い与えた。
・ところが長男が約束していた使用時間を破ったことに怒り、彼女はゲーム機をバキバキに破壊。ついでにチェロの練習をサボった次男のゲーム機も真っ二つに折った。
・これら無残に破壊されたゲーム機の画像を、ことの経緯とともにSNSにアップ。

といった感じでしょうか。これを見た一般のネットユーザーが騒ぎ出し、テレビも取り上げたことで「やりすぎ」「友人がくれた物を壊すのはおかしい」といった彼女に批判的な意見から、「甘やかすだけでなくこういったやり方も教育上必要」と擁護する意見まで、様々な意見が飛び交っているようです。まぁ私個人は、よその家庭のやり方に他人が口出しすべきじゃないし、どうでもいいこと、と思っていますけれどね。

 ところで私はこの話を聞いて、遠い昔のある出来事を思い出しました。この件とは全く性質が異なりますが、かつて私も父に玩具を壊されたことがあったのです。

 あれは私が小学校低学年の頃でした。当時は欲しい玩具があっても、買ってもらえるのは誕生日やクリスマスくらい。そういう家庭内の決まりでした。自分のお金で買おうにもお小遣いは少ないし、友達に付き合って駄菓子など買い食いしてしまうと貯金もなかなか貯まらない。唯一のチャンスはお年玉、そんな日々でした。

 その頃私は、あるヒーローの人形…いえ、“フィギュア”(笑)が欲しくて堪りませんでした。恐らく一体1,000円もしなかったはずですが、当時の私にはとても手の届かない代物。かといって誕生日もクリスマスもまだまだ先。そんなある日、ふと見ると自宅居間、テレビの前に千円札と小銭少々が置きっ放しにされている。とはいってもこれが親のお金であることは100%間違いありません。くすねればどうせ私か兄弟が疑われ、すぐにバレてしまう。

 しかし…そんな簡単な想像が出来ないんですよね、子供って(笑) 私は「しめた!」とそのお金をくすね、フィギュアを買いに走ってしまったのでした。

 そしてその真新しいフィギュアで遊ぶ私を見た父は、すぐに気づいたはずです。あれ?あんな玩具、自分は買い与えていないぞ、と。で、ちょっと追及されて全てバレてしまった。すると父は、フィギュアを持って家の外に出て、それを粉々になるまで踏み潰しました。初めての経験でした。あの時の父の怖さと、せっかく手に入れたフィギュアが壊される悲しみは強烈でした。今でもその時のことを思い出すと胸が痛みます。それに加え、子供心にもフィギュアへの、またそれを売ってくれた玩具屋のオッサンへの申し訳ない気持ちで胸がいっぱいに。とにかく胸の痛い出来事でした…。

 でもこの悲しい経験は、「他者のお金には絶対に手をつけてはならない」ということを完全に私の心に植えつけてくれました。まぁ、そんなのは当たり前ですし、こんな経験をせずとも他者のお金に手をつけないのが普通の子なのかも知れませんが、私の場合はこれを機によい意味でどんなお金に対してもクリーンになりましたね。例え5円、1円という誰も失くしたことにすら気づかないような額の小銭が落ちていても、持ち主を特定して返してあげないと気持ち悪くなってしまう、みたいな子になりましたよ。父が取った手段は大正解だったと言えますし、そんな経験が出来た私は幸せでした。

 高嶋女史の“ゲーム機バキバキ事件”を批判する声は多いようですが、とりあえずゲーム機を破壊したこと自体については、私の成功例も多々あるはずなので、いくら自分のやり方に反すると感じても、他人は批判すべきではないな、と思った次第です。

 もし批判するとしたら、壊したことよりもこの出来事を彼女がわざわざSNSに上げたことかと思います。いくら“高嶋家内の出来事”であっても、SNSに上げればバッシングされるのは当たり前。有名人でもあるわけですし。私が幼い頃は幸いSNSなんてありませんでしたが、もし当時、父が壊れたフィギュアの画像をSNSにアップし、あの出来事が不特定多数の人たちに拡散されていたら…私は素直に自分の非を受け入れられたかどうか?今となっては想像出来ませんね。

 そんなことも含めて、自分は貴重な経験をしたんだなぁ…今ではそう思います。



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劣化インタビュアー

2016-02-05 Fri 18:27
 今週、元プロ野球選手の清原和博が覚醒剤所持(使用?)の容疑で逮捕されました。巨人在籍時以降のヤ○ザな風貌の彼はともかく、PL時代や西武森政権黄金時代の彼を知る者として、私も大きなショックを受けました。

 ところで今回、一連の報道を見ていて、ひとつ引っかかったことがあります。既に数年前から清原の言動は変だった、当時から覚醒剤を打っていたに違いない、という推測を強調するための“証拠映像”がいくつか放送されたのですが、その中に映画か何かのイベントに登場した清原が、女性司会者との間でこんなやり取りをする映像がありました。

女性司会者「一言挨拶をいただけますか?」
清原「何をですか?」

私が見ただけでも、複数の番組がこの映像を計3、4回使い、清原の以前からの異常性を強調しました。

 実際はどうだったのか?正常ならすんなり気の利いた言葉が出てきたのか?私には分かりません。でも当時の清原って、野球以外の仕事にまだ不慣れ、もともと喋りが特に上手いわけでもない、頭の回転も決して速くない(?)、素人同然じゃないですか?したがってステージに登場した途端、こんなふうに振られたら

(えっ、挨拶?…「おはよう?」それとも「こんにちは?」…いや、そうじゃないな。何か言わないと…でも誰に?集まった記者?それとも映画関係者?誰に向かって何を言えばいいの?)

このくらい戸惑っても不思議じゃないと思うんですよね。覚醒剤は悪ですし、ファッションや入れ墨など彼のナリにも好感は持てませんが、この報道(素材の選び方)にはテレビ側に悪意を感じましたね。

 そもそも、昨今のテレビで見るインタビュアーの質問の仕方ってかなり酷いです。例えばプロ野球のヒーローインタビュー。

素晴らしいホームランでした!
「ありがとうございます」
まずはバッターボックスに立ちました
「…はい、ピッチャーが○○で、前の打席で三振取られていたんでね、何とか打ってやろうと思って立ちました」
1球目はファール!
「…ええ、球威落ちてなかったんでね、タイミングを計りました」
そして2球目はレフトポールギリギリの特大ファール!
「…自分では入ったかな?と思ったんですけどね。切れましたね」
そして3球目!バックスクリーンへの見事なホームラン!!
「…そうですね。入ってよかったです…」

こんな感じのやり取りは決して珍しくないと思います。

 でもインタビュアーは質問しているのですから、あくまでも「~の感触はいかがでしたか?」とか「~の瞬間、何を考えていましたか?」といった疑問文を投げかけるべきだと思います。個人的にはこういった“体言止め”はもの凄く失礼だし理解し難い。何より下手糞だと思います。

 それでもヒーローインタビューですから質問の仕方が下手糞でも、何をどう答えればよいか?選手も想像出来ます。しかし引退後に、芸能の仕事でこれに近いことをやられちゃ酷だよなぁ…と思った次第です。

 もう遅いかも知れませんが、清原には早く罪を償って、また野球関係の仕事をして欲しいですね。


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映画ファンは蔑ろ、コスプレファンを重宝する(フジ)テレビ

2015-12-22 Tue 00:00
 先週末、スター・ウォーズ最新作「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」が世界同時公開されました。日本でも大変盛り上がったようで、先週末から今週頭にかけて複数の情報バラエティ番組、特に「めざましテレビ」(CX)が長い尺を取って公開初日の映画館前の様子を紹介していました。

 しかし私はそんな光景を見てつくづく思いました。ここに映る人たちって、実は“スター・ウォーズファン”というよりも“ほぼコスプレファン”なんだろうな…と。

 確かに当日の映画館前には、ずっと新作公開を待ち望んだスター・ウォーズファンがたくさん集まったはずですし、コスプレをした人の中にもそのようなファンはたくさんいたのでしょう。

 しかしテレビ画面を通して見る限り、テレビが率先して映した彼らは“映画そのものも好きだが、どちらかというとコスプレするのが楽しい”人、もしくは“スター・ウォーズのことはよく知らないが、魅力的なキャラのコスプレをして目立ちたい。仲間とワイワイ盛り上がって楽しけりゃいいじゃん”というSNS的価値観の持ち主のように見えました。

 中には「スター・ウォーズには全然興味なかったけど、今年新作がやるって聞いて見てみようと思った」とコスプレしてインタビューに答える女子も。もちろんそういう楽しみ方もアリですが、彼女のような薄いファン、コスプレ重視なファンばかり紹介する(フジ)テレビのやり方には些か疑問です。ブームそのものが薄っぺらに見えてしまうんですよね。

 個人的にはガチなスター・ウォーズファンにも平等に意見を聞いて欲しいと思います。見た目は普通の地味な服装のオタクなんだけど、知識やスター・ウォーズ愛を語らせたら半端じゃない、みたいな人だって十分面白くないですか?

 結局最近の傾向として、映画でもゲームでも何かコンテンツが登場すると、本質的な部分よりもそのキャラのコスプレをすること、させることが重要視されすぎ。ハロウィンだけでは飽き足らない、もっと他にコスプレのネタ、コスプレ出来る機会はないのか?と常に窺う人種が確実に増えましたよね。何でもかんでもコスプレありきみたいなムードです。

 そんな本質とはズレた部分に食いつく人たちばかりにスポットを当て、“これが○○ファンだ”“○○ファンはこのように振る舞うものだ”みたいな“嘘”を広め視聴者を洗脳したがる(フジ)テレビには辟易します。まぁどうせ広告代理店の言いなりになって動いているだけなのでしょうが。

 日本人の幼児化はしばらく止まりそうもありませんね(笑)


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国民総幼児脳化時代

2015-10-28 Wed 07:51
 今週末、10月31日は“ハロウィン”です。いや、日本では“いい年した大人が堂々とコスプレしてバカ騒ぎしても非難されない日”でしょうか?(笑)

 まぁ、10~20代の若者には我われ世代とはまた違う価値観があるのでしょうが、個人的にはコスプレ云々以前に

・バレンタインデー→チョコレートを(同性にも)贈る日
・ハロウィン→いい年した大人が堂々とコスプレ出来る日
・クリスマスイブ→S●Xする日

みたいに勝手な解釈を広める日本人、「盛り上がれば何でもいいじゃん」的にバカ騒ぎに乗っかりたい平和ボケした日本人に辟易します。あと「○○さん、今年のハロウィンはどうするんですか?」みたいにバカ騒ぎ前提で訊ねてくる輩も消えて欲しいかな?(笑)

 基本的にこんな価値観の私でしたが、先日「めざましテレビ」で放送された10月25日に神奈川県川崎市で開催されたハロウィンイベント「カワサキハロウィン2015」の様子を見て、ちょっとだけ考え方が変わりました。

 そこに映し出されたのは、スターウォーズのキャラをはじめ様々なコスプレに耽る輩たち。その中に思わず笑ってしまったコスプレがいくつかありました。

・ラグビー日本代表・五郎丸歩選手のコスプレ(かなり研究されたパフォーマンスあり)
・“浪速のエリカ様”こと上西小百合衆院議員&2020東京五輪エンブレムパクリアートディレクター・佐野研二郎のコスプレ二人組(昨年は佐村河内守&小保方晴子のコスプレ?変装??)
・ピース又吉&彼の著書「火花」のカバーデザインのコスプレ(赤い物体)二人組

などです。

 これらのコスプレに共通するのは、必ずしも自分が好きなキャラではない(であろう)ということ。コスプレを通じて好きなキャラへの愛をアピールするのではなく、周囲の人々を楽しませたい、笑わせたいというサービス精神を感じます。こういうのは見ていて楽しい。

 それに比べると自分が好きなアニメキャラに扮してキャラへの愛をアピールしたり、お金をかけて用意したリアルでゴージャスな衣装をアピールしたりする“自己満コスプレ”は酷い。なぜならそこに彼(女)らのひたすら幼い精神構造が垣間見えてしまい醜くて仕方がないんですもん。仮面ライダーの変身ベルトを装着して喜んでいる幼児、頭の中身はあれと同じです(笑)

 まぁ誰が何をしようが勝手ですが、マスコミを筆頭に“ハロウィン=コスプレ(パーティー)”するのが当たり前のような報じ方をして、無責任に異様な風潮を広めるのはやめて欲しいものです。経済効果云々といって“国民総幼児脳化”を正当化するのも私はどうかと思いますね。


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バラ柄シャツが世界一似合うのは…

2015-05-16 Sat 07:46
 先週末に行われたゴルフの2015プレイヤーズ選手権に出場した石川遼が着ていたシャツが、ちょっとした物議を醸しているそうです。「ゴルフ史上最も賛否両論を呼ぶシャツ」とメディアが報じたのは…


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白地にいくつものバラの絵柄がプリントされたシャツ。もちろんルール違反ではありませんが、ネットでは彼のセンスに対する賛否の声が飛び交ったようですね。

 でも私はこのシャツを見た瞬間、


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浦見魔太郎を思い出しましたよ。知る人ぞ知る、藤子不二雄の異色の名作「魔太郎がくる!!」の主人公です。

 石川遼には悪いですが、やはりバラ柄のシャツが似合うのは、世界広しといえども魔太郎だけですよ!!石川遼はまだまだ魔太郎の足下にも及びませんね(笑)


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