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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
福山結婚はアラフォー女性の言い訳を変えるか?

2015-09-29 Tue 18:42
 昨日、歌手で俳優の福山雅治が結婚したことを発表しました。私は特に彼のファンではありませんが、彼ほどの大物が遂に結婚と聞き、かなり驚きましたね。

 ところで…これは偏見に満ち溢れた私見なのですが(笑) 世のアラフォー独身女性、それも結婚に積極的でない人たちに、“福山好き”を結婚しない(というか出来ない)ことの言い訳にしている人が多いように感じます。

 キャリア志向で結婚しない女性も増えている昨今ではありますが、古いタイプの男性はアラフォーで独身(、しかも可愛くも美人でもない)だとどうしても白い目で見てしまいがちです。ところが女性が“福山好き”をアピールすると、相手も「あぁ、確かに彼のようないい男ってそういないよね」と共感し、結婚しない(出来ない)言い訳が何となく成立してしまう。しかも相手は有名人ですから、「ダメ元で告白すべきだ」なんて言われることもない。私はそんな“便利な言い訳”を使う女性を数多く見てきました。

 でも今回彼が結婚したことで、少しはこの言い訳も使い難くなりそうな気がします。「福山福山って、いつまでも他人の旦那に憧れていても仕方ないでしょ?いい加減目を覚ましなよ」というムードになれば健全…いや、爽快ですね(笑)


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介護に正解はないと思った件

2015-09-28 Mon 17:21
 認知症の母が11日間の入院生活を終え、昨日無事退院しました。

 入院のきっかけとなった病状については検査の結果認知症とは直接関係なく、さほど心配する必要もなさそうでした。しかしコミュニケーションが不自由なため各種精密検査がスムーズに進まず、結果が得られるまで数日を要してしまいました。また入院生活により筋力が衰え、歩けなくなってしまうのではないか?と心配しましたが、これまで通り歩けたのでよかったです。

 この11日間、私は母を見舞いに毎日病院に行きました。ある時は父と、またある時は弟とともに見舞いました。なぜ毎日か?入院している身内を毎日見舞うことは、私は普通のことと思っていますが、今回はちょっと事情が違いました。母は自分で手を使って食事することが出来ないので、家族の誰かが普段通り食事を介助する必要があったのです。

 もちろんそれは入院時に病院側に伝えていました。しかし病院は介護施設ではありません。毎食1時間以上かけて母に食事を食べさせてくれるわけではないのです。それを実感したのは入院後すぐでした。お昼に訪れた時、看護士さんに

「朝食はきちんと食べましたか?」

と訊ねると、彼女は

「1割くらいしか食べてくれませんでした」

と言います。私は変だと思いました。試しに昼食を普段通り与えたところ、母は時間はかかるものの8~9割方、食事を平らげました。

 つまり、看護士さんは母に長時間付きっきりというわけにはいきません。食事を介助してはくれますが、母がちょっと口を閉じたり、一旦食事に興味を示さなくなったりするともう食欲なしと判断。チューブを使っての鼻から栄養剤投与に切り替えてしまうのです。

 これ自体は悪いことではありません。病院のマニュアルに則った正規のやり方です。しかし身内としてはこのやり方には感情的に不満なのです。時間をかけて与えればちゃんと食べるのだから、そんなに病人扱いしなくてもいいじゃん、と思ってしまう(実際病人なのですが・笑)。まぁ余分にお金を払って専属の介護士さんを雇えばよいのでしょうが、色々検討した結果昼食と夕食時には父・私・弟のうちの誰か、もしくは複数で病院に行き、交代で母の食事介助を行うことにしたのです。

 その甲斐あって母は入院中、毎食ほぼ完食しました。私と父や弟との関係もちょっとよくなった気がするし、私自身よい経験をした、これでよかったと思っています。

 それでも多くの人たち、特に身内の介護をしたことのない人たちが我われを見たら、きっと

「そんなの合理的じゃない、プロに任せるべき」
「そこまでする必要があるのか?他人を頼らないと自分が先に潰れちゃうよ」

と言うでしょうね。確かにいずれ限界がきて、プロに頼らざるを得ない状況になるであろうことは我われも覚悟しています。今回の行為はただの自己満足なのかも知れません。

 でも改めて分かったような気もします。介護には「こうすべきだ」という“正解”がないということを。少なくとも現段階の母の世話が出来ることは、私としては嬉しいこと。大して親孝行も出来ていませんから、母のために出来ることをしている今のこの状況、結構充実しているのです。

 だからアカの他人から

「他人に任せないと自分が潰れちゃうよ」

なんて言われるのは、結構心外です。そんな専門家やご意見番を名乗る輩がテレビで言いそうなセリフを流用するくらいなら、もう少しオレの気持ちを察して欲しいなぁ、と我儘を言いたくなってしまうわけです。決して間違ってはいませんが、人にはそれぞれ事情があり、思想や満足の対象などの価値観も様々です。サラリーマンと地域密着型の商人、長男(長女)と次男(次女)・三男(三女)でも考え方は確実に違います。それを無視して一緒くたに「他人に任せないと自分が潰れちゃうよ」と言うのはちょっと乱暴かな?と思った次第です。まぁ言う側に悪意はないはずなんですけどね。

 介護では当事者へのアドバイスも大事ですが、そういった理由から実はとても難しいと思います。それよりも相手を否定せず、苦労話や愚痴を聞いてあげることの方が気分を晴れやかにしてあげられるもの。何気ない一言でも相手のやり方を否定する発言はお互いしないよう注意したいものです。


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憂う長男

2015-09-25 Fri 20:07
 今週、墓参りに行きました。

 私のご先祖様が眠る墓のあるお寺は、自宅最寄駅から2駅プラス徒歩5分。歩いても30分と近く、恵まれていると言えます。

 ところが私の兄弟…弟と妹は、困ったことに全く墓参りをしません。せいぜい祖父か祖母の○○回忌に参加した時になりゆきで墓に線香を供え、手を合わせる程度です。以前はそんな彼らを注意したこともありますが、それにより心を入れ替えて墓参りに行くようになることはありませんでした。

 墓参りって確かに面倒といえば面倒ですし、何か用事があって忙しいのかもしれない。しかしそれなら別の日に行けばよいわけで、もう何年も墓参りに行っていない理由にはなりません。ご先祖様のことを、子供の頃自分らを可愛がってくれた祖父母を粗末にしやがって!人間としてコイツらありえねぇ!!墓参りの時期が近づくと、私は常にイライラしていました。

 今回も墓参りを控え、そんな感情を腹の底に甦らせていた私でしたが、たまたま親しい臨床心理士のオバチャンと話す機会があったので、自分の気持ちを聞いてもらうことにしました。当然自分の意見が100%正しいと同意してくれるものと信じていたのですが、少々意外な答えが返ってきました。

 彼女曰く、

「実は私もお墓参りには何年も行っていない。理由はお墓(実家)が遠いし、主婦という立場上そう簡単に自分だけの都合で休日に墓参りに行くわけにもいかない」
「そもそも自分は次女なので『お墓参りに行かなきゃ』という気持ちも弱い。正しい考え方かどうかは別として、そういうのは長女である姉の役割。姉がお墓をしっかり守ってくれていればよいと思っている」
「普段から親やお墓のことは、よくも悪くも姉におんぶに抱っこ状態。だから姉には頭が上がらないし、姉は凄いなと尊敬している。姉の真似をしようと思っても自分には出来ないだろう。だから何かあれば姉の意見や命令には素直に従うつもりでいる。自分にとっての次女像とはそんな感じである」

 長男(長女)と次男(次女)、三男(三女)は肉親でありながらそれぞれ考え方も価値観も違う。これまで長男も次男も末っ子(妹)も全員同じ価値観で動くべきと信じ、それが理想通り上手く回らないからと勝手にイライラしている私の考え方はちょっと違うのではないか?というのです。

 う~ん…確かに分かるような気もします。でも親戚や従兄弟たちは常に一家揃って墓参りに来ているんだけどなぁ…(笑)  やはり私には弟や妹がご先祖様を粗末にしているようにしか思えませんでした。

 でもこんな会話を交わしたことで、少なくとも今回の墓参りでは弟・妹への不満は失せ、割り切った気分でスッキリとご先祖様へのご挨拶を済ますことが出来ました。何が正しいのかは依然よく分かりませんが、それだけでも大きな収穫でしたね。


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彼岸花が好き

2015-09-23 Wed 19:43
 ブッシュ状態になってしまった自宅の庭の草むしりをしました。

 すると、家の裏側付近にひっそりと、今年も彼岸花(曼珠沙華)が咲いているのを見つけました。


photo


特に何か手入れしているわけではありませんが、毎年必ずこの時期に花を咲かせてくれます。人によって好き嫌いの分かれそうな花ですが、独特の赤色は綺麗だし、可憐な様も私は好きです。

 ちなみに彼岸花(赤)の花言葉を調べてみたら…「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」 「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」 …ずいぶんたくさんあるんですね。でもどれもお彼岸、すなわちお墓参りや亡くなってしまった愛する人への思いを連想させられます。

 彼岸花、やはり好きな花です。


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小便する幽霊?

2015-09-22 Tue 08:35
 某オフィスビルのトイレで用を足していた時のこと。ある便器の文字に目が留まりました。


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…ん?


tlt_2


「人がいない場合でも水が流れることがあります。」


…な~んだ、そんなことか。実は私の実家のトイレにも昔から、トイレ一室に小便器と大便器の両方があります。昔は家業の八百屋の従業員が何人も実家に住み込んでいたので、その名残がトイレにも残っているようです。当然うちの小便器にもその機能が備わっているため、私には何の驚きもありませんでした。

 しかし、なぜわざわざこんな注意書きが必要なのでしょう?やはり…アレか?幽霊が小便をしたんじゃないか?と一瞬ビビる利用者が多いからなんじゃないの?!(笑) 私も初めて見た時にはそう思いましたから(笑)

 まぁ、分かっていても夜中に突然水が流れると結構ビックリしますよ。


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4勝0敗な今シーズン

2015-09-20 Sun 09:58
 シルバーウィーク初日、今シーズン最後のプロ野球観戦に行って来ました。

 私は今シーズン途中から、横浜ベイスターズファンを演じて…いえ、になろうと努めています。理由はいつも誘ってくれる友人が、ウン十年来続けた阪神ファンをやめて横浜ファンになったから。まぁお付き合いですね(笑)


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 でも、実際のところホーム球場で応援出来るチームのファンであることは楽しいものです。東京在住で阪神ファンでは逆転勝ちした時の興奮も味わえませんし、勝利を祝う打ち上げ花火を見る時の気持ちも大違いです。特に横浜の場合、リードしている9回表に抑えの切り札・ルーキー山崎が登場する時の演出にはゾクゾクします。いきなり山崎のテーマ曲(昔のNBAで使用されていた曲らしいですね)が流れ、ファンが総立ちで応援タオルを掲げながら盛り上がる…というあの流れ。アレはホーム球場ならではの楽しみです。まぁ、たくさんある楽しみ方のひとつですね。


 ところで今回の観戦は私にとって今シーズン4回目でしたが、何と!今シーズンは全試合応援したチームが勝利するという、最高のシーズンでした。

○ヤクルト-横浜●(ヤクルト応援)
○阪神-横浜●(阪神応援)
●広島-横浜○(横浜応援)
●阪神-横浜○(横浜応援)

こんなこともあるんですね。

 来シーズンは山崎か筒香の応援グッズでも買って本格的に応援しよう…かな?(笑)


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台本のススメ

2015-09-19 Sat 07:24
 都内のJR東日本の施設で放火が相次いだ事件の犯人が、先日逮捕されました。

 この犯人の男、既に皆さんご存じの通り、色々とツッコミ所満載ですよね(笑) 私は特に職業=“自称ミュージシャン”というのがツボにハマりました…って、ただ趣味でバンド活動してるだけじゃん!!(笑) これが罷り通るのなら、もし将来私に何かあったら、肩書きは職業=“自称心霊研究家”または“自称超常現象研究家”として欲しいものです(笑)

 それはそうとこの野田伊佐也という自称ミュージシャンですが、彼が所属していたバンド関連の動画が今、あちこちの番組で流れています。聴けば歌詞はダサい、曲もダサい、というか古臭い、42歳にもなって歌詞が社会への不満とガキ丸出し…まぁこちらもツッコミ所満載。でもそれ以上に私がこのバンドをダサいと感じたのは、ライブ中のMCの部分です。

 バンドの方針にもよりますが、多くのバンドは演奏中に何度かMC、つまりオーディエンスと対話する時間を設けるものです。目的は水分補給、休憩、ギターをチューニングし直す、オーディエンスを飽きさせない、会場の雰囲気を一新させる…様々です。

 しかしこの“自称ミュージシャン”バンドのライブのMCを見ていると、逆にMCを挟んだことでもう痛々しいほどにダレダレ。会場の空気もシラーッと凍りついているのが分かります。もちろんバンドですからメインは演奏ですが、MCがコレだとオーディエンスも無駄に疲れてストレスが溜まりそうです。どうせ義理で渋々集まった人ばかりでしょうからなおさら可愛そう(笑) 私が過去に見た素人バンドにも、こういったミスを犯すバンドは多かったですね。

 かといってバンドマンなんて基本的に喋りに関しては素人。ではどうすればよいのかというと、私ならMC全て台本を書く。そして本番でも台本通りに各メンバーが喋るんです。もちろん本番近くなったらMCを含めて最初から最後まで通してリハーサルするとより効果的でしょうね。そうすれば変に間が空いてダレることもなく、スムーズです。…内容がウケるかどうかは分かりませんが(笑)

 かつて私のバンドがライブを行なった際もそうしました。ライブなんて初めてだったので最初はそんなこと予定していませんでしたが、途中で思いついたのです。ちなみに大まかなテーマは

MC1:オーディエンスへのお礼
MC2:バンドに関わってくれた人たちへの感謝
MC3:最後の曲のイントロに乗せてのメンバー紹介

…みたいな感じ。これをベースに台本を書き、その通り喋ったらライブが全体的に締まりました、会場のスタッフのお姉さんからも「ずいぶん慣れていらっしゃいましたね」と褒められたっけ。「いや、ライブ初めてなんです」と答えたら驚いてましたよ。


 …まぁ、そんなことはどうでもよいのですが(笑) とにかく放火は犯罪です!絶対にやめましょう。

 それに“ミュージシャン”を名乗りたいのなら、音楽だけでメシが食える身分になってから堂々と名乗りましょうね(笑)


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早口

2015-09-18 Fri 20:00
 久々に近所の理髪店に散髪してもらいに行きました。

 この理髪店は、私と年齢の近いオーナー(?)の息子さんを中心に3~4人の理髪師さんが切り盛りしており、私が行くとよほど混雑していない限り、このオーナーの息子さんが担当してくれます。ちなみに美容院と違い予約も指名も出来ません。

 彼は理髪師らしくとにかく聞き上手。しかも話題が豊富なので、こちらが振るどんな話題にも反応してくれる。つまり頭髪がサッパリするだけでなく、毎回楽しい時間を過ごすことが出来るというわけです。今回ももちろん彼に担当して欲しいと思ったのですが…残念ながら忙しいようで、別の“雇われアンチャン”が担当することになってしまいました。

 まぁ、彼も技術・人柄ともに問題はないのですが…とにかく早口なんですよ。それも前代未聞レベルの驚異的早口だという(笑) 彼の言うことはどんなに頑張っても1割くらいしか聞き取れません。当然こちらも神経を使うので凄く疲れます。だからほとんど生返事だけで会話を成立(?)させてしまいましたよ(笑)


 最近はサービスは二の次、スピード重視で1回1,000円くらいの理髪店も多いです。価値観は人それぞれですが、私は4,000円くらい払ってでも楽しくお喋りが出来る昔ながらの理髪店を選びます。でもこの“雇われアンチャン”に当たってしまった日には…さすがにちょっと損した気分になってしまいますね(笑)


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三度目のラーメンタロー

2015-09-17 Thu 19:48
 久々にラーメンタローのラーメンを食べに行きました。いわゆる“ラーメン次郎インスパイア系”のお店です。

 このお店は3回目ですが…

【1回目】
大ラーメン豚入り(野菜多め)
→麺をかなり残す


これを反省して

【2回目】
小ラーメン(野菜普通)
→ほぼ完食


でもちょっと物足りなかったので

【今回】
小ラーメンW豚入り


にしてみました。そして出てきたのが…


taro


これ。“W”でも“豚入り”の倍以上ある…(汗)

 結局、頑張りも虚しく麺少々とチャーシュー2枚を残してギヴ・アップです。強い罪悪感に襲われてしまいました。もちろん味の方は、麺・スープ・チャーシューとも私好みで美味しかったですけれどね。



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ナミヤ雑貨店の奇蹟(ややネタバレあり)

2015-09-15 Tue 20:24
ナミヤ雑貨店


 昨年秋、友人から借りて初めて読んだのをきっかけに、それ以降もずっと読みまくっている東野圭吾(ミステリーファンを自称しながらこれまで一度も読んでいなかったというのも我ながら凄いと思います・笑)ですが、最近、彼の作品の中でもかなりの傑作ではないか?と思える一冊と出会いました。「ナミヤ雑貨店の奇蹟」(角川書店)です。

 私の印象では、東野圭吾ものはどれも70~80点、安定した面白さ、という感じでした。しかしこの「ナミヤ 雑貨店の奇蹟」は明らかにそれ以上。まぁ嗜好品は好き嫌いありますので強くお勧めしませんが(笑) 

 物語は過去と現代、32年の時を経て繰り広げられる “SFハートウォーミングもの(?)”。湊かなえが得意そうな、一見それぞれ独立した短編のような物語を読み進めていくと、各登場人物や出来事の相関性が見えてきて最後に全てが一つに繋がる、みたいな構成ですね。時空を超えた文通、という決して珍しくないアイデアも様々な工夫により新鮮に見えました。

 さて、物語は…


第1章「回答は牛乳箱に」
 悪事を働いた翔太・敦也・幸平の3人が、一晩身を潜めるために逃げ込んだ無人の古い商店兼住居。そこはかつて週刊誌に掲載されたこともある、店主が悩み相談を請け負ってくれる地元では有名な雑貨店だった。
 
 しかし廃業したはずの荒れた店内で、突然シャッターの郵便口から悩み相談の手紙が落ちてきた。送り主はオリンピック代表の座を勝ち取ろうと日々練習に励んできたものの、結婚を約束した恋人が末期癌に侵され悩んでいるという女性アスリート。オリンピックを諦めて彼を看病したいが、彼は彼自身の夢でもある自分のオリンピック出場を願っている。どうすべきか?という相談だった。3人は戸惑いながらも当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書くことに。彼らは書き終えた手紙を回収箱代わりの裏口の牛乳箱に入れるが、手紙は入れた途端消えてしまい、直後にまた新たな返事がシャッターの郵便口に届く。3人は何か不思議な現象が起きていること、手紙の内容から送り主がいる時代が1979年であることに気づく。となると送り主が出場を目指しているオリンピックは、日本がボイコットしたモスクワ大会。「彼の看病をせよ」とアドバイスするが、相手はなかなか煮え切らない。かといって自分たちが未来の人間だと明かすわけにもいかず…。

 元ネタなのかどうかは分かりませんが、悪戯みたいな相談にも真剣に答える様子が、10年ほど前に話題になった「生協の白石さん」みたいだと思いました。そこにSFや実際に起きた事件などの要素を加え面白く膨らませているわけですが、この第1章だけではまだまだこの小説の凄さは伝わりません。


第2章「夜明けにハーモニカを」
 あるクリスマスの日、児童養護施設の子供たちのためにギター1本でミニコンサートをしに来た克郎。子供たちは楽しんでくれたが、ある一人の少女だけが全く興味を示してくれない。しかし最後に披露した彼のオリジナル曲には強い興味を示し「こんなに上手いのならプロになればいいのに」と言ってくれた。
 
 かつて彼は両親に内緒で大学を中退した後、プロのミュージシャンになりたい一心で多くのオーディションを受けたがどれもダメ。それがきっかけで実家の両親とは疎遠になり、東京で当てもなく細々と暮らしていたが、祖母の葬儀に出席するため久々に実家へ帰る。克郎の実家は魚屋で、本来克郎が大学卒業後に継ぐはずだった。実家滞在中に父が自分に冷たい態度を取りながらも内心は応援してくれていることに気づく克郎だったが、父が病に倒れたことで迷いが生じる。ミユージシャンと魚屋、自分はどちらの道を選ぶべきか?彼は噂に聞いていた地元の雑貨屋・ナミヤ雑貨店に手紙を届けに向かう。

 克郎はどうするのだろう…?最後まで展開が読めませんでしたが、まさかのラストですよ。これは泣けましたね。


第3章「シビックで朝まで」
 浪矢貴之は、妻が先立って以来元気を亡くしていた父・雄治が見違えるほど生き生きしていることに驚く。原因は地元の子供相手に始めた“悩み相談”のようだ。父は悪戯やからかい目的の相談にも全身全霊を以て真剣に答えていた。
 
 しかし父が末期癌に侵されていることが分かり、貴之は父を引き取り家族とともに一緒に暮らす。そんなある日、父が一晩だけ実家の雑貨店に戻りたいと言い出す。そして将来自分の三十三回忌がきたら「ナミヤ雑貨店が一日限り復活するので、これまでの自分の回答が人生の役に立ったかどうか、相談者は知らせて欲しい」旨を告知して欲しいと息子に託す。帰宅した雄治のもとには時空を超えて未来から多くの礼状が舞い込んでいた。そして雄治は、白紙で届いた新たな悩み相談の手紙の送り主へ、人生最後の返事を書き始める。

 これもイイ話でしたね。ラストで判明しますが、最後の悩み相談に対する雄治の返事。あれは凄いです。泣けました。


第4章「黙祷はビートルズで」
 「ナミヤ雑貨店が一日限り復活する」ことをネットで知った和久浩介は、少年時代を過ごした町を訪れていた。

 彼は裕福な家庭に生まれ、従兄の影響で好きになったビートルズのレコードを聴きながら何不自由なく育った。しかし中3の夏、父親の会社が傾き、一家で夜逃げすることになってしまう。しかし父親を最後まで信頼出来なかった彼は、夜逃げ途中に立ち寄った高速道路のサービスエリアで反射的に別のトラックの荷台に潜り込み、親を捨てて一人東京に出てきてしまった。すぐに警察に補導されたが、夜逃げした両親を庇い名前も出身地も一切隠し通す浩介。やがて彼は児童養護施設で暮らすことになり、手先の器用さを買われ木工職人に弟子入り、慎ましくも幸せな人生を手に入れる。

 かつて彼は夜逃げすべきかどうか、ナミヤ雑貨店に相談したことがあった。返事には「両親を信じ支えるべき」とあったが、結果的にそうしなくてよかったと考える浩介は「結局自分の人生は自分の力で切り開くしかない」と書いた手紙を投函するつもりだったのだ。
 
 ビートルズ好きの女マスターが経営するバーで、店主と会話しながら手紙を書いていると、彼女が所有するレコードが夜逃げのため泣く泣く自分が手放したものであることを知る。そして彼女から衝撃の真実が語られる。

 これも泣けましたね。


第5章「空の上から祈りを」
 乗りかかった船とはいえ、店主になりすましていくつもの悩み相談に答えてしまった、翔太・敦也・幸平。これを最後にしようと決めた悩み相談は、「給料の少ないOLを辞めて夜のホステス一本に絞るべきか?」という、彼らにとってはどうしようもなく下らない悩みだった。しかし手紙の遣り取りを重ねるうちに、相談者が確固たる目的があってお金を貯めようとしていることを知り、水商売以外で成功する方法…バブル景気の到来と崩壊を教える。

 相談者の晴美はこのアドバイスを信じ一財産築く。そして数十年後、ナミヤ雑貨店の一日限定復活を知り、礼状を届けに故郷を訪れるが、運悪く3人組の強盗に襲われ、礼状の入ったハンドバッグを奪われてしまう。

 これも泣けましたね。特にラストは名シーンでした。3人が晴美の会社で働いている後日談を思わず想像してしまいました(笑) しかし未来を変えてしまうことに罪悪感を覚えて葛藤するこれまでのドラマや映画の主人公たちに比べ、バブル景気の到来を惜し気もなく教えてしまう3人って…(笑)


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報じられることのない、鎖に繋がれたまま濁流に飲み込まれ死んでいった犬たち

2015-09-13 Sun 18:54
 先週、台風18号にともなう豪雨の影響で、浸水や土砂災害など各地に大きな被害が出ました。特にニュースが時間を割いて報じた茨城・宮城の浸水被害は、見ていて東日本大震災の時の津波被害を思い出しました。

 今回の被害、最終的にどのくらいの規模になるのかはまだ分かりませんが、逃げ遅れ亡くなった人々はかなりの数に及ぶと思われます。そして同様に亡くなったペットのワンチャンの数も…決して公に報じられることはないでしょうが…相当なものでしょうね。

 今回、濁流に呑まれつつある家屋の屋根の上でじっと救出を待つ、ワンチャンを抱えた住人の姿がニュースで繰り返し報じられました。

 幸い彼らはヘリで無事救助され、先に避難したワンチャンの飼い主(助けた住人の娘?)が涙しながら駆けつけ、再会の喜びを分かち合いました。ちょっと他人事のような発言で恐縮ですが、テレビで見ていて純粋に素晴らしいシーンだと思いましたね。

 しかしこれはあくまでもハッピーエンドのひとつ。その一方では逃げることも、救出されることもなく濁流に呑まれ死んでいったワンチャンは数え切れないほどいたと思います。しかもその大半は鎖で繋がれたまま、どうすることも出来ずに…。

 以前、東日本大震災後の、被災地の写真を集めた本を見たことがあります。そこには一軒家の庭に置かれた犬小屋に繋がれたまま、逃げることも出来ずに死んでいったワンチャンの死体や骨が横たわっていました。日本のマスコミは遺体はもちろん、こういった残酷な写真をタブー視する傾向にありますが、救われた一匹のワンチャンの陰には無念のまま死んでいったワンチャンが多数存在します。マスコミがわざわざ報じないだけに、そういった事実を出来るだけ多くの人々に想像して欲しいですね。


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ホモ(?)だけど健全だった(?)教授との思い出

2015-09-10 Thu 19:26
 明治大学法科大学院の教授が、今年の司法試験で教え子だった受験生に論文試験の問題を漏えいし、告発されるという事件が起きました。

 問題作成に関わりながら、特定のお気に入りの受験生に試験問題を漏らすなんてとんでもないことです。でも司法試験と言われてもピンとこない私としてはつい、(コイツ、便宜を図る見返りに相手の20代女性から相当エロいことをさせてもらったのだろうなぁ)などと妄想してしまい、どちらかというとこっちの方に対して「けしからん!!」という強い怒りが込み上げてきます(笑)

 まぁ大学というのはある意味特殊な空間ですし、そこで働く一部の大学教授の常識やモラルも製造業やサービス業のサラリーマンとは大きく異なるのでしょう。我々が信じられない出来事が起きるのも何となく分かるような気がします。

 ところで私はこのニュース…問題の教授が自分好みの女子学生を選りすぐって親しく付き合っていたということを聞き、自分の大学時代を思い出してしましました。

 私が大学3、4年の時に所属していたゼミのA教授も女好き…ではなく“ホモ”でして、やはりお気に入りのゼミ生を選りすぐって“ホモ的接触”を試みる、という噂があったのです。

 A教授は当時60歳くらい、一見優しそうおな小さいお爺ちゃんといった感じでした。しかし実はホモ(既婚者で娘さんもいましたが)という噂がゼミ生の間で代々語り伝えられてきたのです。

 特に私たちが恐怖したのが、毎年春休みと夏休みに2泊3日で行われるゼミ合宿でした。昼は誰もが真面目に課題に取り組むのですが、問題は夜。A教授は自分好みの、色白でほっそりした学生のいる部屋に遊びに来ると、まず学生に「(普通に)マッサージしてくれないか」と依頼し、布団を敷いて横になる。学生は断るわけにはいきませんから、やり方を教わりながら教授にマッサージを施す。暫くすると今度は教授が「お返しにオレがマッサージしてやるから横になれ」といって学生を寝かせ、あんなことやこんなことをしてくる(?)…というのです。

 だったらそんなゼミに入らなければいいじゃないか、と思われるでしょうが、この教授の専門分野は当時(今も?)とても人気の、時代の最先端を行く学問でして、私もぜひ勉強したいテーマだったのです。

 ただ、当時の私は太り気味でしたので教授の好きなタイプからは外れていました(笑) それでもこの合宿に参加するのは怖かったですね。

 例えばこんなことがありました。夕食を終え、旅館のある部屋に10人くらいのゼミ生が酒を持ち寄り、酒盛りしていました。するとドアが開き、教授がやって来ました。しかも上はTシャツ、下は昭和の筋肉タレントが穿いていたような、丈の短い下着のような短パン姿です(笑)

 この時、私はどうしても用を足したかったため、教授の来訪とは関係なく部屋の外にある共用トイレに行きました。そしてすぐに部屋に戻ったのですが…何と!!そこには既にO君という色白・美少年タイプの学生が、うつ伏せに横たわった教授の腰の辺りをせっせと揉んでいたのです。しかもあれだけ大勢いた他の学生たちは、既に一人残らずどこかにエスケープ。私は(噂は本当だったんだ!)と思うと同時に、一刻も早くここから逃げなければ、と考え、適当な口実を呟きながら部屋を出ました。O君を見捨てて(笑)

 しばらくして別の部屋で飲んでいた私たちのもとにやって来たO君には…何も聞けませんでしたね(笑)

 まぁA教授の行為は後にも先にも事件になったわけではありませんから、彼も可愛いゼミ生とのスキンシップの範疇で楽しんでいたのでしょう。私たちも全員卒論を評価していただき、無事卒業出来ましたから、今となってはよい思い出です。

 そう考えるとこのA教授と、試験問題を漏らしたエロ教授を並列して語ることはA教授に対して失礼ですが…まぁそんなことも含め、アブノーマルなことが色々起きるのが大学、なのかも知れませんね(笑)


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まとめて(サラッと)読書感想文(20150909)

2015-09-09 Wed 23:21
マスカレードイブ
「マスカレード・イブ」東野圭吾(集英社・2014/8)

 ホテル・コルテシア大阪で働く山岸尚美は、ある客たちの仮面に気づく。一方、東京で発生した殺人事件の捜査に当たる新田浩介は、一人の男に目をつけた。事件の夜、男は大阪にいたと主張するが、なぜかホテル名を言わない。殺人の疑いをかけられてでも守りたい秘密とは何なのか。お客さまの仮面を守り抜くのが彼女の仕事なら、犯人の仮面を暴くのが彼の職務。二人が出会う前の、それぞれの物語。

 タイトル通り、時系列的に「マスカレードホテル」の直前を描いた短編集。ホテル・コルテシアのフロントで働く尚美の周囲で起きた出来事と、刑事の新田が遭遇した事件が交互に描かれ、最後にホテル・コルテシア大阪が絡む事件を新田が捜査…でも尚美と新田はまだ出会わない、みたいな。これはこれで面白かったです。


魔球
「魔球」東野圭吾(講談社・1991/6)

 9回裏二死満塁。春の選抜高校野球大会、開陽高校のエース須田武志は、最後に揺れて落ちる“魔球”を投げた。すべてはこの一球に込められていた…。捕手北岡明は大会後まもなく、愛犬と共に刺殺体で発見された。野球部の部員たちは疑心暗鬼に駆られた。

 面白いんですけど、謎解き部分が強引過ぎ。それでも面白く読めてしまうのが人気作家の腕なのでしょうか?


殺人の門
「殺人の門」東野圭吾(角川書店・2006/6)

 「倉持修を殺そう」と思ったのはいつからだろう。悪魔のごときあの男のせいで、私の人生はいつも狂わされてきた。そして数多くの人間が不幸になった。あいつだけは生かしておいてはならない。でも、私には殺すことができないのだ。殺人者になるために、私に欠けているものはいったい何なのだろうか?人が人を殺すという行為はいかなることか。

 初出は10年以上前だし、タイトルも聞いたことないし、とあまり期待せずに読んだのですが、これがメチャクチャ面白かった!600ページ強ながらあっという間に読み終えてしまいました。

 もともと裕福だった家庭に生まれ育った主人公でしたが、ちょっとしたきっかけからどんどん家庭が崩壊し、不幸になってゆく。苦しみながらもささやかな幸せを手に入れられそうになると、必ずある幼馴染と再会することになり、彼に騙され、利用され、また不幸になってしまう。主人公は毎回そんな幼馴染を殺してやりたいと思うものの、なぜかズルズルと共存する形を取ってしまい…。何となくどちらの立場も分かるような気がするなぁ、と思いながら読みました。

 タイトルに反してなかなか殺人が起きないというのも面白いです。


学生街の殺人
「学生街の殺人」東野圭吾(講談社・1990/7)

 学生街のビリヤード場で働く津村光平の知人で、脱サラした松木が何者かに殺された。「俺はこの街が嫌いなんだ」と数日前に不思議なメッセージを光平に残して…。第2の殺人は密室状態で起こり、恐るべき事件は思いがけない方向に展開してゆく。奇怪な連続殺人と密室トリックの陰に潜む人間心理の真実。

 一応警察も登場しますが、一般の若いアルバイターが独自に事件の謎を解明するタイプの物語。

「自分は本当にやりたいこと、自分に合った仕事を見つけるまで就職しない」
「これからの時代は、与えられた仕事をこなすだけのタイプは生きていけない」

等、ずいぶん懐かしいフレーズが出てくるなと思ったら、初出が1987年だそうです。その一方で人工知能についての記述はとても当時の作家が書けるレベルではないように思え、ほとんど古臭さは感じずに読んでしまいました。


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いい年してアイドル好きはキモいのか?

2015-09-08 Tue 18:43
 タレントの武井壮が、アイドル好きの思いとその人生観について自身のツイッターで告白したそうです。

 彼はツイッターで

「いい年してアイドル好きはキモいとか言うやつがいるけども。いい年してアイドルの良さも分からねえヤツはふびんだと思うぜ」
「いい年だろうが若者だろうがこの世の中で心の底から楽しめるものが多いほど人生は豊かだ。オレは何歳になろうがどんな地位にいようが地球を最大限楽しんでやろうと思う」

と、好きなものは好きという姿勢を貫いたほうが人生幸せだという持論を展開。これを見たネットユーザーの間で賛否両論巻き起こっているのだとか。

 これについて、“いい年した”大人の一人である私個人の意見は、どちらかというと“反武井”でしょうか?すなわち「いい年してアイドル好きはキモい」に一票、と(笑) まぁそれ以前にどちらが正しい、と結論を出すべきことではないし、あえて議論するレベルの問題でもないと思います。

 ただ、いつも思うのですが、この手の議論で「いい年してアイドル好き」肯定派の意見の中に多く見られる

「自己責任で勝手に好きなことを楽しんで何が悪い?!」

という主張だけは受け入れられないんですよ。なぜならこの類の意見からは“自分さえよければいい”というエゴしか感じられないからです。

 確かに強盗や不法侵入など犯罪に手を出すことなく、自分の給料や小遣いの範囲内で楽しむのであれば、30~40歳代(それ以上?)でアイドルオタクというのもアリかも知れません。

 しかし社会と関わり合いながら普通に生きていれば、恋人を作る機会も、結婚して子供を儲ける機会もあるでしょう。独身だって社会で仕事して色々な種類の人々と出会えば、否応なしに異なる価値観を持った人と付き合う必要性も出てくるもの。そんな環境に身を置けば、普通は「自己責任で勝手に好きなことを楽しむことの何が悪い?!」なんて簡単に言っていられないと思うんですよね。

彼女や奥さんからは「アンタ、いい年してまだそんなのに夢中なの?いい加減卒業したら?」と呆れられ、
子供からは「パパが若い女の子に夢中なせいで学校でクラスメートから虐められる」と泣きつかれ
上司からは(コイツを昇格させて部下の面倒を見させても大丈夫なんだろうか…?」と信頼を失い
友達や同僚からは「お前いい年して絶対ヤバいって!」と注意され、変わり者扱いされ

…どんどん立場が弱くなると思います。それでも胸を張って「いや、それでもオレは自分を信じて我が道を行くんだ!!」と言える人は凄いですが、普通は仕方なく周囲に協調して自分を折り、穏やかに日々過ごすことを選ぶわけです。つまり自分のエゴよりも周囲の人々の気持ちや調和を優先出来る人、それが “いい年した大人”なのだと私は信じているわけです。

 では「自己責任で勝手に好きなことを楽しむことの何が悪い?!」と主張する人の多くは、なぜそのような考え方をしない(しなくて済む)のか?というと、想像ですが、自分のエゴを最優先するために自分に似た価値観の人、自分を批判しない人しか身近に置かないから。無理してまで自分と異なる価値観の人たちとは付き合わない。そしてそれは傍から見ると社会的に“偏った”生き方に見えてしまう。これをするのが10~20代の若者なら、まだ若いんだし仕方ないかな、とも思えます。しかし30~40代のオッサンだとどうでしょう?やはりどうしても異質さを感じざるを得ません。私はこの“異質さ”こそが“キモい”なのだと思います。…あくまでも私のこれまでの経験から構築された価値観をベースに考えると、ですけどね。

 ではオッサンはアイドルを楽しんではいけないのか?というと、そんなことはないと思います。でも分相応に、社会的立場を弁え、一人で(もしくは同じ趣味の仲間同士)こっそり楽しむ。間違っても周囲の人々やSNSにアイドル愛をアピールしない…というのが個人的に理想だと思いますね。


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まとめて(サラッと)読書感想文(20150906)

2015-09-06 Sun 09:02
怪笑小説
「怪笑小説」東野圭吾(集英社・1998/8)

 年金暮らしの老女が芸能人の“おっかけ”にハマり、乏しい財産を使い果たしていく「おつかけバアさん」、“タヌキには超能力がある、UFOの正体は文福茶釜である”という説に命を賭ける男の「超たぬき理論」、周りの人間たちが人間以外の動物に見えてしまう中学生の悲劇「動物家族」…ちょっとブラックで、怖くて、なんともおかしい人間たち!多彩な味つけの傑作短篇集。

 全部面白かったです。ラスト数行で皮肉のこもった見事なオチで落とすブラックユーモアの効いた話だけでなく、純粋にバカバカしく笑える話、普通にイイ話などもありメリハリが効いています。私は中でも「逆転同窓会」が好きですね。ある学校で優秀な生徒が多かった期を担当した教師たちが年に1回同窓会を開催するが、ある時ゲストとして当時の教え子たちを呼ぶ。昔のままのスタンスで楽しめることを期待した元教師であったが、教え子たちは当然昔とは違い、各業界で “今の時代をバリバリ生きる”者ばかり。過去にしがみつき、懐かしんで生きる、学校という世界しか知らない元教師たちはついていけず…。

 巻末にある作者による各お話の解説も面白いです。


毒笑小説
「毒笑小説」東野圭吾(集英社・1999/2)

 塾にお稽古に家庭教師にと、VIPなみに忙しい孫。何とかゆっくり会えないものかという祖父の訴えを聞いて、麻雀仲間の爺さんたちが“妙案”を思いつく…。前代未聞の誘拐事件を扱った「誘拐天国」をはじめ、毒のある可笑しさに満ちた傑作が1ダース!名作『怪笑小説』に引き続いて、ブラックなお笑いを極めた、会心の短篇集。

 どれもアイデアが素晴らしく面白いです。ブラックユーモアの効いたオチもあれば、普通にイイ話もあり、“捨て作ナシ”の一冊。中でも私が特に気に入ったのは「ホームアローンじいさん」ですね。どうしてもAVが見たくて仕方ないのに、家族に対する威厳を失いたくないため、AVが買えないじいさん。ある日息子夫婦と孫が外出中に孫のAVをこっそり鑑賞する計画を立てる。しかし電気製品全般の扱いに疎いじいさんは、ビデオを作動させるつもりが誤ってクーラーを点けたり、電話の子機で110番してしまったりで、なかなかAVが見られない。そんなところに運悪く強盗が侵入して…。

 まず何よりもじいさんがAVを見たがるという設定がバカバカしくも面白い(笑) そして映画「ホームアローン」のカルキン君ばりに強盗を懲らしめて(…というほどではありませんが?)、AVのこともバレずに一件落着…と思いきやラストにとんでもないことが!!(笑) ご興味あればぜひお読み下さい。


黒笑小説
「黒笑小説」東野圭吾(集英社・2008/4)

 作家の寒川は、文学賞の選考結果を編集者と待っていた。「賞をもらうために小説を書いているわけじゃない」と格好をつけながら、内心は賞が欲しくて欲しくてたまらない。一方、編集者は「受賞を信じている」と熱弁しながら、心の中で無理だなとつぶやく。そして遂に電話が鳴って―。文学賞をめぐる人間模様を皮肉たっぷりに描いた「もうひとつの助走」をはじめ、黒い笑いに満ちた傑作が満載の短編集。

 やはりどれも皮肉たっぷりで面白いのですが、これまでの作品と違うのはこのうち何本かが、灸英社(集英社のパロディでしょうね)という出版社の編集者絡みのお話としてシリーズのようになっている点です。どこまでリアルなのか分かりませんが、出版業界の裏側というかタブーな部分に触れられたような気がして楽しいです。特に新人賞を取った熱海という作家のウザさ、勘違いぶりにイライラさせられながらもラストで彼が落とされるのは爽快です。


歪笑小説
「歪笑小説」東野圭吾(集英社・2012/1)

 新人編集者が目の当たりにした、常識破りのあの手この手を連発する伝説の編集者。自作のドラマ化話に舞い上がり、美人担当者に恋心を抱く、全く売れない若手作家。出版社のゴルフコンペに初参加して大物作家に翻弄されるヒット作症候群の新鋭…俳優、読者、書店、家族を巻き込んで作家の身近は事件がいっぱい。ブラックな笑い満載!小説業界の内幕を描く連続ドラマ。とっておきの文庫オリジナル。

 「黒笑小説」に登場した、灸英社の編集者にまつわるお話だけで構成された一冊。相変わらず出版業界の裏側を描いたようなお話ばかりですが、中でも勘違いばかりしている熱海という作家のウザさは引き続き健在!(笑) 相変わらずイラッとさせられまくりです。対照的に、唐傘ザンゲという新人作家の苦悩と成長がオチつきのショートショートという形の中で真面目に描かれているのも面白いです。

 そしてラストは熱海がまさかの…!!(笑)


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誰が森高を求めたのか?

2015-09-05 Sat 08:26
 フジテレビ系の「水曜歌謡祭」という音楽番組が、放送開始からわずか半年で“深夜枠に引っ越し”するというニュースを見ました。といっても視聴率が芳しくなかったといいますから、事実上打ち切りみたいなものでしょうね。

 この番組、残念ながら私はチラッとしか見たことないのですが、見ていた友人によれば基本的に歌手が自分の持ち歌ではなく、他人の歌を歌う番組だったそうです。例えば「郷ひろみ特集」なら、彼の歌を複数の歌手が代わる代わる歌う…という感じでしょうか?歌番組がウケない時代にこういうチャレンジ精神は凄いと思います。

 しかし私にはどうしても理解出来ないことがあったんですよ。この番組最大のウリだったはずですが、なぜ司会(の片割れ)が森高千里だったのでしょう?

 といっても私は決して森高が嫌いなわけではありません。というか全盛期にはCDやビデオも買ったし、(隠れ)ファンといって差し支えなかったと思います。江口洋介との結婚を報じるスポーツ新聞を見た時もかなりショックを受けました(笑) だから結婚後ほとんどテレビに出なかった彼女が、久々にレギュラー出演と聞いた時には私もこの番組に興味を持ちました。

 でも実際には、森高を一目見て(はいはい、なるほどね)で終わりでしたね。番組を見ようとまでは思いませんでした。言い方は悪いですが所詮オバハンはオバハンなんだな、と(笑) まぁ46歳であれほど綺麗でスタイルも維持している女性って滅多にいませんが、正直“ちょっと綺麗なオバハン”止まりでしたね。崇拝したい感もありませんから、団塊の世代にとっての吉永小百合の域にも達していなかったのかな、と。

 普通に考えれば森高を引っ張り出した目的は、私のような森高世代、音楽番組全盛期の視聴者の関心を引くことで視聴率アップに繋げることだったと思います。でも既に森高全盛期から20年以上、現役の人気女優さんやトップアイドルを起用してもなかなか視聴率に結び付かない昨今、“懐かしさ”でどれだけの視聴者を獲得出来ると思ったのでしょう?今でも熱烈な森高ファンはいるとは思いますが、かつてのファンの大半は、現在家庭なり仕事なり年齢相応の別の趣味に大忙しです。となるとやはり「懐かしいね」止まりですよ。一方の若年層的にはただの“知らないオバハン”でしょうし(笑) これでどうすれば高視聴率を狙えたのでしょうね。

 私の想像ですが、中高年の多くの人って何でも自分が青春時代に接したもの、流行したものが一番よかった、今時の若者が知ったらたまげるに違いない、と信じているフシがありませんか?

・当時のアイドルは今より可愛かった
・当時のプロレスは今より激しかった
・当時のドラマは今より感動した
・当時のロックは今よりカッコよかった
・当時のテレビ番組は今より面白かった
・当時の炭酸ジュースは今より美味かった

…でも実際に“再会”すると、あれ?この程度だっけ?こんなはずなかったんだけど…幻想が膨らみ過ぎていたことに気づく。「水曜歌謡祭」に森高効果があまり感じられなかったのは、こういった中高年の幻想を計算し切れなかったことも大きいような気がします。

 ちなみに私は以前からアンジャッシュも大好きで、DVDもたくさん買いました。彼らが「エンタの神様」などでネタを披露する時は出来る限り録画して自分だけの“アンジャッシュ傑作コント集”を編集、DVDに焼いて保存したもの。

 しかし歌番組の司会が“お笑いの渡部”って…純粋になぜ?って感じです。しかも森高と組ませる理由は?こっちも理解出来ない。

 そもそも森高目当ての視聴者層が、たまたま私のように都合よくアンジャッシュも好き、ってことはどれだけ期待出来るのでしょうね?若年層はともかくワイドショーくらいしか見ない中高年層的には渡部のイメージって、“独身だからってお気楽に美女をナンパして美味いものばかり食ってるチャラい男”、決してよくはないと思うんですけど。つまり森高支持層と相反してしまう。

 まぁ私のような素人には分からないことだらけですが、テレビ番組の出演者をブッキングするのも想像以上に大変なんでしょうね。


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わたしに会うまでの1600キロ

2015-09-04 Fri 07:39
1600


 1995年、シェリル・ストレイドという女性が、離婚や母親の死、自らの自暴自棄な生活で負った心の傷を癒しながら人生について思い直し、自分自身を取り戻そうと数千マイルにもおよぶパシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を一人で踏破しました。この実話をまとめた彼女の自叙伝を基に、リース・ウィザースプーン主演で製作された映画「わたしに会うまでの1600キロ」を見ました。

 私も山歩きやトレッキング、長時間の散歩などが大好きで、いつかデカいことにチャレンジしたいと思っています(笑) なので本作の存在を知った時点で絶対に見ようと思いました。主人公に共感出来そうですからね。実際、最初から最後までずっとスクリーンに釘付け。時間の経過を忘れるほど夢中になって鑑賞しました。今時珍しくこの上映回分のチケットは売り切れ。館内も超満員でした。


 物語は先ほど触れた通り、シェリル・ストレイドという女性が過去の出来事を振り返りながらPCTを歩くという、ヒューマンドラマです。

 PCTというのは、メキシコからカナダへと続く1,600km(標準タイム3ヵ月)におよぶトレッキングコースです。途中には砂漠や森、高い山や雪深い雪渓などがある反面、お店や宿泊施設、給水所などは滅多にないため、そう簡単に踏破することは出来ません。遭遇する数々の困難を乗り越え、様々な経験を経て第二の人生を強く生きるために自分自身を鍛える…というわけです。

 よく「なぜわざわざそんな大変な思いをしてまで歩くの?」と呆れる人がいますが、私には何となく分かるような気がします。日常生活から離れ、人や人工物の少ない非現実的な空間に身を置くと、想像以上に己が清められ、自分自身と向き合うことが出来るような気がするんですよ。

 それにこういったチャレンジ中は、例え疲れてもタクシーは拾えない。中止してもある程度自力で進むなり戻るなりする必要がある。食べ物や水だって我慢しなければならない。つまり甘えの精神が通用しない厳しい環境。そこから目的を達成して自力で帰ってくることが並々ならぬ自信に繋がり、精神的にも強くなれるというわけです。それを期待して皆歩くわけです。

 エンドロールで実際にPCTを歩いている時のシェリル・ストレイドの写真が数点映りますが、彼女の見た目はもちろん、デカいザック、着ているTシャツの絵柄までかなり忠実に再現していたんだなと感心しました。

 また、彼女が履いていたトレッキングシューズも私のGoroのシューズに似ていて嬉しかったですね。しかも赤い靴紐だし。私もまたあの靴を履いてトレッキングしたいと思いました。


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幸せの黄色いてるぼう

2015-09-03 Thu 18:23
 Amazonでこんなアイテムを購入しました。


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「幸せの黄色いてるぼうストラップ」。オッサンがこんなことを言うと極めてキモいのですが…


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とにかく可愛い(笑) 一目惚れでした。

 ご覧の通り、ただのてるてる坊主の姿をしたストラップですが、同時に東日本大震災の被災地応援目的で全国の観光物産業者が発売した、復興を願うシンボルでもあるそうです。売上金の一部がそちらに寄付されるのかどうかは分かりませんが、何となくよいことをした気分に浸れます。

 私は基本的に、マスコットやアクセサリーを自分のバッグやザックにゴテゴテ付けない主義ですが、このてるぼうなら山歩きやハイキング予定日を必ず快晴にしてくれそうな気がします。


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メタルTシャツ愛好家が未熟だと思う理由

2015-09-02 Wed 18:57
 先日、ネットのニュース記事の中に「働く女性が思わずドン引きしてしまう男性のTシャツの絵柄」についてのアンケート結果が掲載されていました。最初は(そんなの余計なお世話じゃ!)と思いましたが、面白そうなので読んでみました。

 結果は、1位がドクロ、2位が虎や龍のような和柄、3位がアニメキャラでした。仮に私が女性でもこれらのTシャツを着た男性は避けたいと考えるでしょうね。でもそれは趣味や好みが合う合わないの問題ではなく、好む人たちの考え方が未熟だと思うからです(笑)


 なぜこれらの絵柄のTシャツを好む男性が少なからず存在するのかというと、想像するに男性、特に若い男性の多くが、まだ“自分はこうだ”と自信を持って主張出来るものを持っていないからだと思います。つまり外に自分の魅力をアピール出来るほどの材料がない。その一方で、そういう人に限って他人に自分を理解させ「凄いね!」「いいね!」と認めて欲しがる

 そこで彼らは手っとり早く、自分の趣味や憧れるものといった価値観を、Tシャツを通して主張するわけです。昔の学生が鞄に好きなアイドルの名前を書いたり、ステッカーを貼ったりていましたが、まぁアレの延長みたいなものです。

 それがもう少し年齢を重ね、結婚して家庭を持ったり、仕事の成果を認められるようになったりして、自分はこれに賭けるんだ、という価値観を手に入れると自信も漲る。趣味や憧れを外にアピールすることなんてどうでもよくなり、自ずと服装のセンスも(良し悪しはさておき)変化するわけです。

 私はこの結果を見て、2つのことを考えました。

 まず、「(ヘヴィ・)メタルTシャツって、この結果を象徴するセンス悪なアイテムだよな」ということ。メタルTシャツとは主に黒いTシャツに「悪魔」「死」「残虐」「恐怖」などを連想させるキャラや絵柄をプリントした、メタルバンド応援用のグッズです。何となく1~3位全てのエッセンスを含んでいるように思えます。

 ちなみにメタルTシャツを好んで着る人の中には、ライブ以外でも日常的に着用する人がいます。私の知り合いは毎日着るのは当たり前、それどころか合コンにも“勝負メタルTシャツ”を着ていくそうです。たまに女の子側の幹事から「メタルTシャツは着て来ないで」と注意されても「己のポリシーは曲げられない」と無視し続けているのだとか(笑)

 二つめは、この彼を見ても分かりますが、このような女性がドン引きするTシャツを好む男性の考え方って、とにかく「自分が満足・納得出来ることが大事、自分の主張最優先という自己満オンリー」だということ。「好きなものを自己責任で着て何が悪いんだ?!」と怒られそうですが、それ以前に公共の場に出てきて他人と関わり合って社会生活を営む以上、TPOを意識し、時に相手に合わせ、相手を不快にさせないものを選択することも必要です。Tシャツのセンス云々以前に社会人に必要な資質について考え直した方がよいでしょうね。



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「新人」を強調する異様な業界

2015-09-01 Tue 19:59
 今週「めざましテレビ」を見ていて、妙な違和感を覚えました。天気予報に切り替わる際、カトバンが屋外にいるお天気キャスターをこう呼ぶのです。

新人アナウンサーの○○さ~ん!!」

しかも1度ではありません。番組1回の放送で天気予報は何度も放送されますが、毎回こんな感じ。さらに昨日も同様でしたから、少なくとも2日連続で同じことが行われているようです。私はこれを見て、ますますフジテレビのマインドが一般社会、すなわち視聴者のそれとズレまくっていると感じました。「めざましテレビ」そのものを視聴するのも気持ち悪くなってしまいましたね。

 まずこの天気予報を伝える女子アナ。カトパンの言う通り今年フジテレビに入社した新入社員…なのかどうかは興味もないし知りません。しかし若い頃から名刺を持って得意先回りを繰り返した経験のある私の常識…恐らく大多数の一般社会人も同じかと思いますが…を基準に考えると、このカトパンの呼びかけは不自然。

 かつて社会人1年目だった私は、ある得意先で先方担当者に「新人の○○です。よろしくお願いします」と言って名刺をお渡ししたことがありました。その場では何も問題ないようでしたが、外に出て同行した上司から

「お前ねぇ、『新入社員の~』なんて言わなくていいから。『××社の○○です。よろしくお願いします』でいいから」

と呆れられたことがありました。

 まぁ業界によっては、親しい相手に「今度ウチに配属になった新人です」と紹介することはあるでしょう。でも基本的に「新人の~」と言うのは何かミスした時の予防線を張っているみたいで変です。立場はどうであれ「私は会社を代表してきました、御社の担当者です」という心構えで仕事に臨む以上、「新人の~」は確かに余計でした。

 ではなぜ先のアナウンサーは「新人の~」で構わないのか?それは若く初々しい様を彼女の付加価値として、視聴者に売り込もう、彼女を好きになってもらおうという目論見があるからでしょう。そこには「たまにミスをしますが、それも含めて愛してやって下さい」という狙いもミエミエ。

 まぁ女子アナが本来の“社員”としてではなく“タレント”として扱われるのは今の時代当たり前です。一般社会人とテレビ局の社員では立場も常識も違うのでしょう。しかし視聴者のほとんどはその一般社会人です。彼らに違和感与えてどうするんだ?新人かどうかなんて本来興味を持った視聴者が勝手にウェブサイトやウィキペディアで調べればよいんですよ。きちんと新人教育を受けて技能を習得したと認められたからコーナーを任せたのなら、「新人の~」は無用ではないでしょうか?

 そもそもフジテレビからは未だに“女子アナ=バカでOK、バカでも許されるはずだ”という時代遅れのマインドを感じます。フジテレビってマインドもセンスもとにかく古臭い、昭和的…そう思えてなりませんでした。


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