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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
スッキリしない、大物芸能人共演のアノCM

2012-11-08 Thu 00:00
 先日、国内最大のCMイベントといわれる「第52回ACC CMフェスティバル」が開催されました。最大の話題は「テレビCM部門」大賞に選ばれた、トヨタ自動車の企業広告「ReBORN」。このCMで共演した“ビート”と“キムタコ”が受賞の喜びについてコメントする姿をテレビで目にした方も多いと思います。

 「現代に生まれ変わった織田信長と豊臣秀吉が車で一緒にドライブしながら、日本(東北)の現状に思いを馳せる」というこのCM。世間一般の評価はほぼ100%ベタ褒めなんですよね。震災関連ネタに誰も下手にケチつけられないだけ?(笑)

 しかし私は、初めてこのCMを見た時から違和感を覚え、何とも言えない気持ち悪さを感じていました。

 信長や秀吉のような偉大な戦国武将が今の日本を見た時、何をどう感じるのか?確かに気になります。発想自体はとても面白いと思います。

 しかしですよ…なぜ?なぜ信長=キムタコ、秀吉=ビートなの?!好感度の高い大物タレントのタッグで話題性が高いから?クライアントであるトヨタの満足のため?まぁ現実はそんなところでしょうけど(笑)私にはどうしてもピンときません。

 だってキムタコは、単なる中途半端なアラフォーアイドル。彼を好きか否かは別として、ファンでも何でもない私から見たらそんな印象以上でも以下でもありません。

 ビートもそう。最近本業のギャグが冴えない、映画監督ごっこに勤しむベテランコメディアン以上でも以下でもない存在。

 そんな彼らが信長や秀吉の生まれ変わり?いや、ちょっと待ってよ。いくら架空の設定とはいえ、そりゃ安直過ぎ、ヨイショし過ぎでしょう?…拒絶反応してしまいます。例えるなら、話題の超大作映画の吹き替えを、声優ではなくアイドルや芸人が担当しているのを知った時に感じるのと同じタイプの拒絶感でしょうか?

 秀吉が信長を「アンタ」なんて呼ぶのもピンとこないし、仮面ライダーの銅像に反応するのもピンとこない。CMコンセプトが「ReBORN」だからって、額面通り“生まれ変わった者”を主役とする時点で「???」を感じます。

 さらにこのシリーズ、その後もマツコや子供店長、マエアツ、ハイボール吉高、トリンドルと旬なタレントが続々出演、同じように歴史上の有名人を“あくまでもカジュアルに”演じています。何も考えずにボケーッと見ている分には彼女たちも可愛いし楽しいのですが、やはり同じ理由から拒絶感を覚えます。

 そんなCMでも、世間が評価したので大賞受賞、結果オーライなのでしょうが…。

 あくまでも私の勝手な妄想ですが、もしコンセプトを活かすのなら、ほとんど誰も知らないような無名の、ただしどことなく(肖像画やエピソードから想像する人物像に)似ているかも?と感じられる役者を使った方が、ベタですが面白いし、感情移入し易かったのではないでしょうか?

 逆にビート&キムタコを活かすのなら、現在日本を代表する2大タレントが超多忙の中、一旦仕事から離れて車で被災地を訪れ、現実を目にして(芸能界代表として?)復興を誓う、みたいな物語の方がよほど共感出来るしスッキリすると思うんですけどねぇ。


 S・スタローンやA・シュワルツェネッガーが基本的に超人的な正義のヒーローしか演じないことで、役者としての商品価値を保とうとするのと遅い、日本の役者って、刑事、ヤ○ザ、マイホームパパ、教師、時代劇の侍、三枚目キャラ…どんな役でも引き受けるじゃないですか。「あの○○が、今回は気が弱い教師を熱演!!」みたいにそれ自体を作品のウリにすることもある。幅広く役柄を演じられることに価値を置いてますよね。

 でもそれは結果的に、お茶の間的には諸刃の剣。「この人、この間までおっかないヤ○ザだったのに、今度は生徒に虐められる先生なの?(ヤ○ザのイメージが強過ぎて)全然弱そうには見えないね」みたいなシラけムードを生み出してしまう。

 私が感じる違和感もそれと同じなのでしょうね。



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