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そろそろやめません?「頑張って下さい」という形式的激励

2013-04-27 Sat 06:57
 最近、日本各地で大きな地震が頻発しています。「富士山噴火の前触れでは?」という半信半疑な意見もしばしば耳に入ってきますし、どうしたって不安ですよね。

 まぁ富士山噴火は未体験ゆえ想像出来ませんが、大地震については過去の経験から学んだ“教訓”を活かし、慌てず適切に対処出来るよう心掛けたいものです。


 ところで、その“過去の震災から学んだ教訓”ですが…私はこれって、必ずしも直接震災に関すること…準備する物や避難する際の心構えなど…ばかりが教訓ではないと思っています。特に我われ東日本以北の住人は2年前の東日本大震災を機に、防災対策から道徳観念から“人生の教訓”まで、色々と学んだはずですからね。

 私は特に…これを教訓と称してよいのか分かりませんが、東日本大震災関連のマスコミ報道から「頑張って下さい」という言葉の使い方について、改めて考えるようになりました。それは被災者の

「『頑張って下さい』って言うけど、こんなにも日々必死に生きている俺たちが、これ以上何をどう頑張ればいいんだ?誰か教えて欲しい」

という切実かつごもっともな声がきっかけです。

 そもそも、普段我われが何気なく使っている「頑張って下さい」という言葉、通常いかなるシーンにおいても「応援しています」というニュアンスの厚意を以て発せられる、優しい労りの言葉のはずです。

 しかし今日、「頑張って下さい」は本来この言葉が持つ意味以上に、穏便に会話をクロージングさせるための手っとり早い、ごく形式的なキーワードに成り下がっているように感じます。あまりにも安直に使われ過ぎていませんか?

 例えば忙しい自分の苦労話を切々と語る(実際は自慢?)同僚との立ち話。こちらだって忙しいのに、迷惑極まりないヤツだなぁ…相手を傷つけずに一刻も早く会話を切り上げたい。そんな時、

「(話を遮って)まぁまぁ、お前も大変だろうけど頑張ってくれよ。じゃっ!!」

と言って立ち去れば、さほど悪い印象を与えることもないでしょう。とても便利な言葉なんですよ。その代わり、言葉の持つ重みは確実に失われつつありますね。


 私は「頑張って下さい」の使い方に疑問を持つようになってからは、極力この「頑張って下さい」を使わないよう心掛けています。先の被災者の言葉が表すように、もっと真摯に相手の気持ちや立場を理解しようとすれば、自ずと「頑張って下さい」は適切じゃないな、もっと相手に伝わる言葉を選ぼう、そう気づくと思うんです。

 また、少なくとも私の周囲の方々は誰もが日常的に“頑張って”います。確かに今更「頑張って下さい」では、不愉快になる人がいても不思議じゃありません。だから私は、

例えば、初めてのプレゼンに挑む人には

「明日はプレゼン頑張って下さい」

ではなく

ぜひ、明日は○○業界に△△社あり!と存分にアピールしちゃって下さい

市民マラソン大会に出場する人には

「マラソン頑張って下さい」

ではなく、

ぜひ、体力の限界を超えた先のハイな気分を目一杯楽しんできて下さい

毎日遅くまで働く人には

「残業頑張って下さい」

ではなく、

ぜひ、会社から必要とされる自分をありがたく噛み締めて下さい

…みたいに気持ちを伝えようと務めています。最初はちょっと照れくさいかも知れませんが、少なくともこれらが対話のクロージングのための言葉ではなく、実際に私が相手の立場を理解した上で発していることは伝わるのではないかな?そう信じています。

 大震災というと、流行語にもなった「絆」や「繋がり」といった言葉を思い出します。これらの言葉が浸透したのは、単に同じ大震災を体験した者同士だから、という形式的な理由ではいと思います。あくまでも大震災を機に、今までついつい蔑ろにしがちだった、身近な人たちの、いや、同じ日本人の方々の内面に改めて目を向け労おうとする、実質的な気持ちが生じたからこそ、これだけ広く浸透したのだと思いたいですね。

 今後かなりの確率で起こり得るであろう大災害を前に、改めて形式的ではない、実質的な“絆”を再認識しておきたいものです。

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