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HAPPYの押し売り

2013-05-10 Fri 00:00
 今週末は母の日ですね。定番のカーネーションはもちろん綺麗な生花、ドライフラワーから衣類、装飾品、スウィーツまで…街は母の日モード全開です。

 そんな華やかな風景を眺めていたところ、あるちょっとした違和感を感じました。それは多くのお店の店頭POP。“HAPPY MOTHER'S DAY”という文句がやたらと目立つんです。

“HAPPY MOTHER'S DAY”…?
“HAPPY”…?

…いつからそんな言い回しするようになったんでしたっけ?


 一年に一度のこの日曜日。母親にプレゼントを贈り日々の苦労を労う。家庭によっては家族揃ってご馳走を食べて…確かに“幸せ”な一日であることは間違いないでしょう。

 しかし、そもそも母の日とは、

“日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日”(Wikipediaより)

です。あくまでもそのためのキッカケとする日。この日に何をして、その結果ハッピーかどうかなんて商売する側の人(企業)には関係のないこと。歴史的・宗教的に“何かを祝福する日”ともちょっとニュアンスが違う。


 人々が一人ひとり感謝を表した結果(今年もまた感謝の気持ちが伝えられて幸せだ)と思うのは自由です。感謝の気持ちを表現する手段として、毎年家族揃って外食する。これが我が家の幸せなんだ、と考えるのも自由。つまり、母の日とは私たちがどう解釈するか?ということが大事なのであり、ハッピーな気持ちというのはその結果たまたま得られるご褒美みたいなものなのでは?最初から商売する側が厚かましく押しつけることではないしょう?と私は感じてしまうわけです。

 ちょっと分かり難いかも知れないですが…例えるなら、公開前の映画を作り手側から執拗に「感動の傑作!!」「絶対に号泣します!!」などと押し売りされるようなものです。何を求めるのかはこちらで決めるよ!ってね。

 考えてみたら“HAPPY ST. VALENTINE'S DAY(ハッピー・バレンタイン)”も同様ですね。今更「殉教したキリスト教徒の命日がなぜ“HAPPY”なんだ?!」などと野暮なことを主張する気はありませんが(笑)

 好きな異性にチョコレートを贈るのも自由、愛を告白するのも自由。その結果がハッピーなのか、そうではないのか、というのは商売する側には関係ないことであり、一律「みんなハッピーなんでしょ?!イェ~イ!!」みたいに煽られているようで妙に気持ちが悪い。

 もちろん“HAPPY”という言葉そのものに罪はありません。でも、例えばグルメ番組のリポーターが、肉も魚も野菜も全てを「甘い」としか表現出来ないのと同様、今後日常のイベント全ての名称に「HAPPY」がついたりして…そう思うと恐ろしいです。とりあえず「HAPPY」つけときゃ、アホな消費者はイメージで飛びつくに決まってる、とバカにされているみたいですから。


 念のためお断りしますと、私は昔から母の日そのものに対してはもちろん好意的です。毎年自分なりに選んだものを自分なりのやり方で母に贈ることにしていますしね。

 その結果、自分がハッピーな気持ちになった。だから今日は自分にとって“HAPPY MOTHER'S DAY”だった…そういうことです。


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