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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
カジュアルな日常は感情優先のススメ

2013-07-14 Sun 01:34
 ある一般男性が発信したSNSの呟きが、ちょっとした話題になっていることを知りました。“電車で妊婦さんに席を譲らない理由”です。

 お年寄りや身体の不自由な人、妊婦さんなどには、例え優先席でなくとも積極的に席を譲ってあげるのは、人として当然の行為とされています。

 しかしこの投稿者は、2つの理由から(少なくとも)妊婦さんには席を譲らないのだとか。

 まず、相手が妊婦さんかどうかなんて、よほどお腹が大きくなければ気づかないから。そして着席した状態、特に読書やスマホ操作中なら、なおさら周囲のことなどにいちいち注目しないから、だそうです。

 もうひとつの理由は、投稿者は電車で座りたいがために、わざわざ座れる(混雑し始める前の)駅の近くに住み、座りやすい時間帯を選び乗車している。場合によっては混んでいる電車を1本やり過ごす場合もある。したがって、これほどまでの努力をしている自分が、なぜ無計画に混雑した電車に乗車してきた人に席を譲らなければならないのか?という理屈。

 これに対し反応は様々。

「グダグダ言わず気持ちよく譲ってあげればいいじゃないか」

という反対意見も多い一方で、

「確かに一理ある。自分も読書を始めたら集中して周りなんて見えなくなる」

という賛同意見も少なくないようです。


 どちらの意見にも頷ける部分はあります。でも私はこう思いますね。

 例えばビジネスシーンで何か解決策を考える場合、感情を挟まずに客観的視点から考え、判断を下すべきです。しかしビジネスとは離れた日常生活の、人対人の付き合いの中のことなら、理屈云々よりも感情ベースで動ける人の方がよほど魅力的。どんなに主張が理に適っていたとしても、理論武装で己を守ろうというのはちょっとみっともないです。面倒くさいヤツ、とも思われそうだし(笑)

 同じ席を譲らない行為でも、この投稿者が単に周囲の状況に気づかなくて、席を譲れなかったのなら、誰も彼を責めないと思います。しかしそれを言葉にして訴えてしまった時点で、彼の人・男・社会人としての価値は大暴落したと感じます。なぜなら世の中そんなものだからです。

 使い古された化石のような表現ですが、世の中の人々はお互い支え合って生きています。ちょっと気分が悪くて辛そうかな?と思ったら、例え相手が妊婦さんでなくとも積極的に声をかけて席を譲ればよいだけの話じゃないですか。それで自分も相手も、さらには周囲の大勢の乗客たちも気分よく一日を過ごせるのだとしたら、それは理屈で計れるメリット以上に大きな価値のはず。

 それに通勤電車ならある程度乗客の顔ぶれも毎日共通しています。こういったちょっとした行為も、見ていてくれる人は必ずいる…のかも。そう信じるだけで気持ちが前向きになれませんか?

 さりげない日常のワンシーンくらい、人間らしく感情ベースで動きたいものですね。

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