現在の閲覧者数:
無料カウンター
《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
タイガー今井逝去

2013-07-31 Wed 00:00
photo


 かつては全日本女子プロレス、最近では大日本プロレスでリングアナウンサーを努めた今井良晴氏が7月29日、胃癌により亡くなったそうです。…まぁ「今井リングアナ」といってもごく一部のプロレスファンしか知らないでしょうけれどね。

 私が彼の死を知って少なからずショックだったのは、遠い昔の貴重な思い出が甦ったからです。


 私が子供の頃のある日曜日のこと。友達に誘われるがまま近所の区民体育館に行きました。学校の体育館みたいな施設です。

 入場料を取られることもなく、数枚のコピー用紙を綴じて作ったパンフレットを頂き中に入ると、そこには思わず笑ってしまうくらい粗末な“リング”がありました。体育の授業で使う器械体操用のマットを床に何枚も並べ、ブルーシートで表面を覆っただけ。これがこれから始まる“プロレス”用のリングだというのです。

 さらに4つあるリングの“コーナー”のうち、なぜか2箇所にだけプールの監視員が座る高い椅子が置かれていました。恐らく4脚は集められなかったのでしょうが…まさかここに登ってフライング・ボディ・アタックでもやるというのか?

 客席用のパイプ椅子なんてもちろんありません。観客は早い者勝ちで適当に“リングサイド”を占拠し、各自買い込んだスナック菓子を食べながら、今か今かとゴングを待つのでした。


 かなり後になって分かったことですが、これはJWAという社会人プロレス団体(「社会人なのにプロ?」というツッコミはご遠慮願います・笑)が定期的に開催していた興行だったようです。町中の電柱には本物さながらの告知ポスターも貼ってあったっけ…。


 しかしリングは粗末でも、ここで闘う“レスラー”たちは大真面目。当時の私は新日・全日ともに観戦経験を持つ、クラス中の誰もが認めるプロレスマニアでしたが、そんな私が見ても、彼らの試合は両団体に引けを取らないくらいの迫力とリアリティがありました。少なくとも現在“プロレス団体”を名乗る多くのインディー団体よりもクオリティは高かったはずです。

 そのJWA所属レスラーのひとりが、若き日の今井リングアナ、タイガー・今井でした。

 ちなみに私が覚えている限りの選手をご紹介しますと…

■ビッグ・赤平
 JWAのエース。名前と同じ赤いタイツ着用。例えるなら体はストロング小林、顔は剛竜馬といった感じでした。動きはトロかったものの、ナチュラルな強さと大きな存在感を感じました。

■ハンニバル・清水
 坊主頭でアンコ体型、空手(柔道?)の道着着用(下のみ)。顔は朝青龍似。入場時にはお経(?)で埋め尽くされた白い浴衣らしきものを羽織っていた気がします。
 彼はB・赤平のライバルで、もの静かな雰囲気に反し極悪非道なファイトの限りを尽くす悪役レスラー。相手を血祭りに上げ、自分もジュース(血)を流す、まるでA・ブッチャーみたいなレスラーでした。H・清水の試合を迎える時の、胃液が口の中に込み上げてきそうな緊張感…現在のプロレス界でどれだけ経験出来るのかなぁ…?

■タイガー・今井
 中堅どころのレスラーでした。彼のロングタイツはサイドに白いラインの入った青いジャージ(笑) 友達と一緒にバカにしてました(笑)
 子供的に分かりやすいファイトではありませんでしたが、とにかくガムシャラで熱いファイトだったと記憶しています。会場人気も高かったです。

■リングネーム不明①
 若くて小柄。小林邦明のような赤いマーシャルアーツ風のタイツ着用。空中殺法が得意で、“プールの監視員が座る高い椅子”からのムーンサルトプレスに観客は大興奮。しかしH・清水とのシングルでは得意の空中殺法を出す余裕もなく血ダルマにされていたのが印象的。

■リングネーム不明②
 上半身にランニングシャツタイプのコスチューム着用。パンフの写真ではかなり太っていましたが、ダイエットしたようでコスチュームがブカブカでした(笑) ファイトがショッパかったためか、私が観戦した興行では常に第1試合辺りで闘っていました。

■ジャッキー・三木
 この団体の大阪支局のような団体のエース。B・赤平との頂上対決を見た記憶があります。
 彼は青いタイツ着用でパーマ頭。体格に恵まれ顔も川合俊一風で割とイケていたと思いますが…結構弱かった(笑)と記憶しています。


 確か同じ会場で3~4回観戦しましたよ。よってこの遙か後に、リングアナになったタイガー今井と再会した時は驚きました。この驚きを誰かに伝えたかったのに、周囲の友達は誰も今井を知らないし、興味も示してくれなかったです(笑)

 当時のプロレス界は、UWFが出来るか出来ないかという頃でして、実質新日と全日の2大メジャー団体の時代でした。私の勝手な想像で恐縮ですが、タイガー今井も両団体の入門テストを受験したのではないでしょうか?しかし身長が規定に達しないので書類選考で呆気なくアウト。

 その後もプロレスが大好きで堪らない、夢を諦めきれない彼は、どうしてもプロレスがしたくて、このボランティアのようなプロレス(?)団体で闘うことを選択。後にレスラーとして才能の限界を悟り、リングアナとして大好きなプロレスに貢献する道を選んだのであった…そんな人生だったのかなぁ…。

 大好きなプロレスに一生を捧げられたという意味ではとても羨ましい人生だったのかも知れませんね。

 
 今、改めて考えると、あのJWAのチンケなリングは後のアイスリボンも同じようなものを採用したし、椅子のない客席もみちのくプロレスの興行では何ら珍しくない光景です。もしも現在、当時のままのJWAがこの世に存在していれば、恐らくほとんどのインディー団体に勝る人気団体になっていた可能性も否定出来ません。少なくとも初期のFMWくらい面白かったです(活動時期は逆ですが)。

 タイガー・今井も、もしこの世に生を受けたのがあと10年遅ければ、どこかのインディー団体の人気選手として活躍したかも知れませんね。

 故人のご冥福をお祈りいたします。

スポンサーサイト
別窓 | プロレス | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

<<高校入試(ネタバレあり) | 瑠璃色幻想曲 | ちょっと汚い話>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL


FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 瑠璃色幻想曲 |