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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
リアルライフを大切にするということ

2013-08-15 Thu 17:59
 「美レンジャー」というサイトに「6割の女性が経験アリ!意外と気付かない携帯マナー違反」という記事が掲載されていました(7/26発信)。

 そのひとつが、「6割の女性が経験アリ……『美味しそー』パシャ!」…つまりオシャレなレストランで美味しそうな料理を携帯(スマホ)で撮影という行為。もちろんその理由が「SNSで自慢したいから」なのは言うまでもありません。私もやってしまいがちですが、これをNGとする理由を読んでちょっとドキッとしました。

「リアルライフを大切にできないネット中毒の人とは、一緒にいたくない」

「リアルライフを大切にできない」か…確かにその通りだと思います。同時にこれは、ネットが普及するよりもずっと前からの、私のこだわりでもあります。


 昔、友人たちと旅行に行くと、いつも一人や二人、写真撮影に没頭する人がいました。当時はまだSNSはありませんでしたが、今ならこういう人がネット中毒になっているのかも知れません。

 幸い、私の友人たちの多くは私と同じ考え方でしたので、そんな時は誰からともなく

「せっかくの機会なんだから、写真に撮るよりもしっかり目に焼き付けようよ」

そう優しく提案し、納得してもらったのでした。


 写真撮影が必要な理由は人それぞれ違うのかも知れません。しかしある程度年齢を重ねた現在、私が思うのは、どちらかというと思い出は写真よりも記憶に残すべきだということです。

 いくら写真に残しても、SNS投稿後に見返すことはあまりありません。データを移動させないまま携帯を機種変してしまったり、フォーマットが変わって新しい端末で見られなかったり、単に画像を開くのが面倒くさかったり…そんなものです。強いて言えば、まだ紙に出力して紙のアルバムで保管した方が、子や孫に伝わる可能性が高いのでお勧めでしょうか?

 しかし記憶に残した思い出は、形には残らないながらも確実に血や肉となります。

 例えば仕事でもプライベートでも、誰かとお喋りする時のネタが豊富になります。自分の目でしっかり観察することで

「パリに行ってエッフェル塔を見ました」

だけでなく

「周囲の町並みが整然としていました」
「どちらかというと男子以上に女子が感激していました」
「バタバタ飛ぶ鳥のオモチャを実演販売している黒人がたくさんいました」

…意外とあれもこれも記憶するもの。ガイドブック掲載情報以上の生の情報は貴重です。

 また、

鳥のオモチャを売っていた黒人は汗だくだった
→あの時は8月で暑かった
→町にほとんどジュースの自動販売機を見なかった
→仕方なくカフェに入ったら、食事も注文するよう強いられてムッときた

それぞれの思い出とは必ず紐付けされたエピソードがセットになっているもの。しかもそれは「気候」「存在しないもの」「感情」など、写真では残せないものであることが少なくありません。そう、写真を重視してしまうとどうしても特定のビジュアルの記憶しか残らない可能性が高いんですよね。

 そして何よりも、話して伝えることで家族や友人との充実した楽しい時間を過ごせます。これに尽きますね。

 そう考えると、思い出を伝え聞かせるのに必ずしも画像や正確なデータは必要ないということが言えそうです。記憶がアバウトだろうが、多少脚色していようがいいじゃないか、ということです。大切なのは正確無比な事実ではなく、それをきっかけにコミュニケーションの機会を作ることなのですから。


 何だかSNSのために料理の写真を必死に撮影することへの興味が急速に失せてきました(笑)



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