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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
「必要に迫られて」の重要性

2015-04-27 Mon 19:53
 ある友人が、こんな話をしてくれました。

 彼は今どき珍しくFacebookやLINEといったSNSの類には無関心な男。ところが最近、ついにLINEを始めるに至ったといいます。その理由はこうでした。

 昨年、彼が趣味で続けているバンドがライブを行うことになりました。そこに現役大学生の男子が新ドラマーとして加入したのですが、彼に連絡事項をメールしても伝わらないことが多い。なぜなのか問い詰めると、意外な答えが。

「あ~、メールは面倒臭いので読んだり読まなかったりデス。LINEなら必ず見ているんで、今後はラインにお願いデス」

もともと二人の間には大きなジェネレーションギャップがあり、しかも友人はLINE未体験。よってこの大学生ドラマーの常識を理解することは出来ませんでした。

 しかし彼は

“何だコイツ?!こんな価値観の奴と一緒にバンドなんか出来るか!!”

ではなく

“へぇ、これが今どきの若者なんだ”

と受け入れ、自ら合わせることを選択しました。そうなると「オレはLINEなんてやらない!」なんて言っていられません。必要に迫られる形ながらもLINEのやり方を覚えたそうです。

「まさかこんな理由でオレがLINEに手を出すことになるとは思わなかったよ。やはり文明の利器って、こういう切っ掛けがあって初めて手を出そうと思うものなんだよな。改めてそう思ったよ」

…私も含めオッサン特有の意見かも知れませんが(笑)一理あると思いました。古くはビデオデッキが普及したのもエ○ビデオ見たさに買う人が多かったからと聞きます。かつて私がスーパーファミコンやプレイステーションを買ったのも、画期的に進化した新しいプロレスゲームでどうしても遊んでみたいからでした。たまにゲームなんかに興味ないくせに、流行に乗り遅れたくないというだけで「オレは買うとしたらプレステよりも(セガ)サターンだな!」なんて言う奴がいましたが、そういう奴に限って結局どちらも買わないんですよ。

 まぁ、LINEもビデオもゲーム機も必要性を感じない人には無用の長物。無理に手を出したところで楽しくないし、すぐに飽きます。しかし同時に、それらに手を出すことで日常生活が便利になったり、楽しくなったりする可能性もあるわけです。そういう発想まで頑なに否定してしまうと、ホンモノの“オッサン脳”になってしまいそうでヤバいですね。また、居心地がよいからと、自分と似たタイプの人としか付き合わないというのも同じ理由から危険です。

 実は私もLINEは“やらない派”なので、何がよいのか未だに分からないのですが(笑) この友人のように、もしよい切っ掛けがあれば素直に(あぁ、今オレはLINEの入り口に立っているんだ)と前向きに受け留めることも大事だな、と思いましたね。




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