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《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
天使と過ごした6年半

2015-07-03 Fri 15:05
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 7月2日(木)22時14分、私の愛犬・ビータ(ジャックラッセルテリア・♂)が天国へ旅立ちました。6歳と半年余りの短い命。しかも私が彼の体調の異変に気づいてから僅か6日で永遠のお別れです。全てが早すぎました。


※もし、ビータやジャックラッセルテリアにご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ぜひ当ブログの「ペット」カテゴリーの記事をお読みください。


 ビータは2009年2月、父が「認知症の母の相手」、いわゆるアニマルセラピー目的でわが家に迎え入れた、生後1ヶ月半の新しい家族でした。当時の私は犬が大好きでしたが、過去に飼っていたシベリアンハスキーのクックとのお別れがあまりにも辛く、乗り越えるまでに長い時間を要したため、ビータを飼うことに消極的でした。

 しかしそんな私の気持ちなど知るはずもなく、無邪気に家の中をチョコチョコ歩き回りイタズラし放題な愛嬌満点のこの可愛い子犬を見ていたら…あっさりギブアップ。メロメロです。クックに満足にしてやれなかった散歩やスキンシップ、躾など、出来る限りのことを彼にしてやろう。過去ではなく未来を見て生きよう、そう決めてビータとともに人生と真剣に向き合うことにしました。

 さて、もともと母の相手としてやってきたはずのビータでしたが、彼の存在はそれ以上にギスギス・イライラムードが漂いがちだったわが家を動かし、家族の心を浄化し、幸せで、明るく、笑顔の絶えない家へと変えてくれました。ビータの白い背中にはパンダの目のような楕円形の形に茶色い毛が生えていました。よく「天使の羽根があるんですね!」と言われたことを思い出しますが、まさに天使のようなワンちゃんでした。


 ※それ以降、私がビータとともに過ごした中で感じたこと、学んだこと、喜んだこと、楽しかったことなどは当ブログ(「ペット」カテゴリーの記事)に綴った通りなので割愛します。


 話を戻しまして、今回ビータを襲ったのは、「再生不良性貧血」という憎き病です。一週間にも満たない(この短さがビータにとっては不幸中の幸いだったのかもしれません)闘病生活でしたが、今後犬を愛する誰かの役に立つことがあれば、と考えちょっと長いですがここに記録を残すことにします。


【6月26日(金)】
◆早朝:
 いつも通り私と約30分かけてお散歩。いつもよりややおしっこの色が濃いか?と気になった。
◆夜: 弟が近所を散歩させに行くが、お散歩大好きなビータがほとんど歩きたがらなかったらしい。

【6月27日(土)】
◆早朝:
 いつもは私が部屋から出た途端、駆け寄って来るビータが、だるそうに廊下でベタッと横たわったまま。名前を呼んでも無反応。玩具を押すと鳴るピコピコという音や、玄関のチャイムなど普段敏感に反応することのほとんどに無関心。
◆AM: 診察のためかかりつけの動物病院へ。歩きたがらないビータを半ば強引に連れ出し、約30分かけて歩く(今となっては悔やまれる)。その際道端にしたおしっこに明らかに血が混じっていた。病院で体温を計ると犬の平熱38℃に対し40℃と高い。とりあえずこの日は風邪を疑い注射を打ってもらう。もし翌日になっても熱が下がらなければ、翌日また診察を受けるよう強く言われる。嫌な予感がした。先生からこの体調のビータを病院まで歩かせたことを怒られてしまったため、帰りは車を呼んで帰宅。
◆PM: ずっと元気なし。餌も食べず、水もほとんど口にせず。

【6月28日(日)】
◆早朝:
 ビータの体調が回復する夢を見たが、現実は前日同様元気なし。かなりだるそう。風邪ではないのか?
◆AM: 家族に運転してもらい車で病院へ。血液検査の結果、白血球が異常に増え、逆に赤血球が激減していることが判明。極度の貧血状態らしい。白血病の症状に似ているともいえた。改めて見ると薄ピンク色だった皮膚が白くなっており、部分的に黄色にも変色している。黄疸症状も出ている様子。先生曰く「すぐにでも入院させるべき」。目の前が真っ暗になったが、先生に従いビータを病院に残す。久々に大泣きした。

【6月29日(月)】
◆夕方:
 最新の状況を聴きに病院を訪問。ビータと1日でも会えないのは嫌だ、というのが本音かも知れない。実際ビータとは触れ合えたが、白血球と赤血球の数値はさらに悪化していた。原因は恐らく「再生不良性貧血」だという。自分の体自ら赤血球を破壊してしまい、血が薄くなって貧血状態を引き起こす。犬には禁物のタマネギを体内に入れ中毒を起こしたり、生まれつきそういう体質を持っていて6~10歳(人間の中年層)で発病したりする。ビータの場合は恐らく後者と思われた。相変わらず食欲もなく栄養が十分に取れていないことも心配だ。今後も必要最低限な栄養分の点滴と、増血剤などを投与しつつビータ本人の赤血球を作る能力の回復を祈るしかない。
◆夜:
 一週間遅れの「父の日を祝う会」を開き、兄弟を呼んで外食。しかしその頃病院ではビータの体調が急変し、急きょ輸血したらしい。能天気に「ビータの回復を願って乾杯!」なんて言ってた自分が嫌になる。

【6月30日(火)】
◆朝:
 前夜に緊急輸血した件について病院から電話で報告を受けた。
◆夕方: 詳しい話を聴きに病院を訪問。輸血により一時的に数値は改善したものの、今後安定するか、または再び悪化するのかは何とも言えず、翌日の検査結果を見て判断するという。2、3日中に最悪の事態が起きる可能性もあり得る、と言われ動揺した。唯一嬉しかったのは、この日ようやく2回、少量ながら食事を口にしたことのみ。引き続き点滴、投薬を続けてもらう。ビータはケージの中で点滴中につき会えなかったので、遠巻きに彼を眺めた。きちんと伏せして大人しく点滴を受けているビータを見て、(ホントに素直なよい子だな…)と思うと涙が溢れた。

【7月1日(水)】
もともとこの日から3日間、私は旅行に行くつもりで予定を開けていた。しかし万一の場合に備え旅行は中止して自宅で待機することにする。
◆夕方:
 そろそろ様子を聴きに病院を訪問しようと準備していると、病院から電話が。血液の数値がさらに悪化したという。赤血球はほとんど増えておらず、ここまでしても自然回復不可能ならもう治療は限界とサジを投げられた(実際どうしようもないのだが)。輸血を繰り返すという方法もなくはないが、ほぼ毎日輸血を繰り返し、ただ生かしておくだけのような状態はどうなのだろう?しかも犬の血液は冷凍保存不可なので、輸血のたびに健康なワンちゃんから大量の血を抜き取る必要があるという。考え込んでしまった。先生から「恐らく今日明日が山。ビータちゃんを自宅に連れ帰り、最後に一緒に過ごしてはどうか?」と提案されたので、素直に従うことにした。家族数名でビータを迎えに行き、皆で一緒に3日ぶりのお家に帰宅。すでに自力では歩けないため、ソファーの上に横たわらせた。大好きだったおやつを少量与えると食べたが、すぐに吐いてしまう。水も飲むがすぐに吐いてしまう。
◆夜~翌朝: たまにビータの頭や体をさすりながら、夜通し側で見守る。横になったままおしっこをしてしまうため、その都度シーツを交換し、濡れタオルで体を拭いてやる。といっても実際にはおしっこシート以外は全く汚さなかった。本当におりこうさんだ。ずっと息が荒いためか、一晩中眠れていないようだ。

【7月2日(木)】
◆AM:
 相変わらず荒い呼吸を繰り返しながら目を開け横たわり、全く眠っていない様子。水は飲むがすぐに吐いてしまうので舐めさせる程度に留める。食べ物は流動食すら受け付けない。この状態でまだ治療を続けるか拒否するか、散々迷った結果、先生に往診を依頼した。状態を僅かながら維持するためだけにこれまで同様の点滴と投薬をしてもらう。その後、水を飲ませた時、一時激しく痙攣し呼吸が止まりかけた。こちらも覚悟したがしばらくして回復する。ほっと一安心したが、これで彼を余計に長く苦しませることにならないだろうか?私にはどうしても答えは出せない。
◆PM: 先生に今朝採血した血液の検査結果を電話で問い合わせた。予想はしていたが悪化したのみだという。呼吸もさらに荒くなった。引き続きビータに付きっきりで体をさすり、おしっこを処理する。
◆夜10時過ぎ: 明らかに様子が悪化。いよいよ最期が近づいていることを感じる。そしてAMに起きた痙攣に似た症状が起き、2、3回呼吸が止まっては息を吐くを繰り返した後、全身がぐったりした。22時14分、わが愛犬ビータは短くも幸せがギュッと凝縮した、充実した6年半の一生を終え、天国へと旅立った…。


 昨晩から今朝にかけて、ビータの亡骸とともに過ごしました。考えてみたら彼を病院から引き取ってから今日までの三日間は、私にとってはもともと旅行するために捻出した自由な時間。認知症の母をデイサービスに預けていた動きやすい期間でもありました。さらに弟が有給休暇を強制的に2日取得せねばならなかった週で、妹もたまたま休みで帰省可能なタイミングでした。そう考えるとビータって、最後の最後までご主人様家族孝行なよい子でした。また、ビータ自身も結果的に苦しんだのは数日間でしたし、先生曰く病気の性質上、身体は極度にだるいが痛むわけではないそうです。呼吸は辛そうでしたが比較的安らかな最期を迎えられたのがせめてもの救いです。

 私がビータに伝えかったことはたくさんありますが、特に

「今までうちの子として一緒の時間を過ごしてくれてありがとう。みんなビータが大好きだよ」
「最期までよい子で君は偉かったね。こんなによい子は他にいないんだよ」
「クック先輩と一緒に“虹の橋”で待っていてね。そこでいつかまた会おうね」

これらは息を引き取る直前から実際に言葉で繰り返し伝えました。

 これから私はこの悲しみを乗り越え、前進出来るのか?時間が解決してくれるのかも知れませんが、正直今は何とも言えません。自分のことながらかなり心配です(笑)

 確実なのは、ビータとの思い出は私にとって何物にも替え難い宝物だということ。この思い出を一生大切に抱えて生きたいと思います。


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