現在の閲覧者数:
無料カウンター
《誹謗・中傷、暴露系ネタ、アラシ厳禁》
介護に正解はないと思った件

2015-09-28 Mon 17:21
 認知症の母が11日間の入院生活を終え、昨日無事退院しました。

 入院のきっかけとなった病状については検査の結果認知症とは直接関係なく、さほど心配する必要もなさそうでした。しかしコミュニケーションが不自由なため各種精密検査がスムーズに進まず、結果が得られるまで数日を要してしまいました。また入院生活により筋力が衰え、歩けなくなってしまうのではないか?と心配しましたが、これまで通り歩けたのでよかったです。

 この11日間、私は母を見舞いに毎日病院に行きました。ある時は父と、またある時は弟とともに見舞いました。なぜ毎日か?入院している身内を毎日見舞うことは、私は普通のことと思っていますが、今回はちょっと事情が違いました。母は自分で手を使って食事することが出来ないので、家族の誰かが普段通り食事を介助する必要があったのです。

 もちろんそれは入院時に病院側に伝えていました。しかし病院は介護施設ではありません。毎食1時間以上かけて母に食事を食べさせてくれるわけではないのです。それを実感したのは入院後すぐでした。お昼に訪れた時、看護士さんに

「朝食はきちんと食べましたか?」

と訊ねると、彼女は

「1割くらいしか食べてくれませんでした」

と言います。私は変だと思いました。試しに昼食を普段通り与えたところ、母は時間はかかるものの8~9割方、食事を平らげました。

 つまり、看護士さんは母に長時間付きっきりというわけにはいきません。食事を介助してはくれますが、母がちょっと口を閉じたり、一旦食事に興味を示さなくなったりするともう食欲なしと判断。チューブを使っての鼻から栄養剤投与に切り替えてしまうのです。

 これ自体は悪いことではありません。病院のマニュアルに則った正規のやり方です。しかし身内としてはこのやり方には感情的に不満なのです。時間をかけて与えればちゃんと食べるのだから、そんなに病人扱いしなくてもいいじゃん、と思ってしまう(実際病人なのですが・笑)。まぁ余分にお金を払って専属の介護士さんを雇えばよいのでしょうが、色々検討した結果昼食と夕食時には父・私・弟のうちの誰か、もしくは複数で病院に行き、交代で母の食事介助を行うことにしたのです。

 その甲斐あって母は入院中、毎食ほぼ完食しました。私と父や弟との関係もちょっとよくなった気がするし、私自身よい経験をした、これでよかったと思っています。

 それでも多くの人たち、特に身内の介護をしたことのない人たちが我われを見たら、きっと

「そんなの合理的じゃない、プロに任せるべき」
「そこまでする必要があるのか?他人を頼らないと自分が先に潰れちゃうよ」

と言うでしょうね。確かにいずれ限界がきて、プロに頼らざるを得ない状況になるであろうことは我われも覚悟しています。今回の行為はただの自己満足なのかも知れません。

 でも改めて分かったような気もします。介護には「こうすべきだ」という“正解”がないということを。少なくとも現段階の母の世話が出来ることは、私としては嬉しいこと。大して親孝行も出来ていませんから、母のために出来ることをしている今のこの状況、結構充実しているのです。

 だからアカの他人から

「他人に任せないと自分が潰れちゃうよ」

なんて言われるのは、結構心外です。そんな専門家やご意見番を名乗る輩がテレビで言いそうなセリフを流用するくらいなら、もう少しオレの気持ちを察して欲しいなぁ、と我儘を言いたくなってしまうわけです。決して間違ってはいませんが、人にはそれぞれ事情があり、思想や満足の対象などの価値観も様々です。サラリーマンと地域密着型の商人、長男(長女)と次男(次女)・三男(三女)でも考え方は確実に違います。それを無視して一緒くたに「他人に任せないと自分が潰れちゃうよ」と言うのはちょっと乱暴かな?と思った次第です。まぁ言う側に悪意はないはずなんですけどね。

 介護では当事者へのアドバイスも大事ですが、そういった理由から実はとても難しいと思います。それよりも相手を否定せず、苦労話や愚痴を聞いてあげることの方が気分を晴れやかにしてあげられるもの。何気ない一言でも相手のやり方を否定する発言はお互いしないよう注意したいものです。


スポンサーサイト
別窓 | 生活 | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑

<<福山結婚はアラフォー女性の言い訳を変えるか? | 瑠璃色幻想曲 | 憂う長男>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 
 
 
 
 
 
  管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL


FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら
| 瑠璃色幻想曲 |