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鍋焼きうどんde母の愛again

2015-11-14 Sat 09:17
 11月13日放送の「たけしのニッポンのミカタ!~ここでしか食べられない!ニッポンの食~」(TX)を見ていたら、丹沢・鍋割山山頂にある鍋割山荘の“鍋焼きうどん”が紹介されていました。

 私も5年前、ここで鍋焼きうどんを食べたことがあります。味も気に入りましたが、それ以上に幼い頃に母が作ってくれた特製鍋焼きうどん…一生忘れたままだったかもしれない…の記憶を取り戻させてくれた、思い出の鍋焼きうどんとなりました。

 懐かしくなり当時このブログでご紹介した記事を読み返しました。手前味噌ですが抜粋して再掲載しようと思います。


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 どんな山でも山頂、もしくは登山路の途中にある山荘や茶屋で提供される食事は、一般的にごく普通に作った普通の味の普通の料理です。特別に美味しいということは稀。逆に“この程度の料理に1,000円前後も払うの?”と不満を感じることの方が多いし、それが当たり前。


photo3 


 でもこれを“提供する側が手を抜いているから”だ、と考えるのは酷です。ライフラインに制限のあるギリギリの環境で、手に入る材料のみを使って作らなければならないゆえ、凝ったものは作れない、と考えるべきでしょう。まぁ、山頂で食べる食事の味を決める最大の調味料は素晴らしい景色ですけれどね。


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 そんな配慮を差っ引いても、昨日食べた鍋焼きうどんはとても美味しかった(私の舌に合った)。感激しながら頂きました。

 具はきのこ類だけでも椎茸、しめじ、えのき茸、なめこと4種類も入っていたし、他にもナルト、ネギ、ほうれん草、あぶらあげ、カボチャの天麩羅(多め)と、それらの上に落とされた卵といった具沢山な鍋焼きうどんでした。

 正直、これだけの具を詰め込んでいるのでつゆはゴテゴテして濁り、専門店のような綺麗に澄んだつゆではなくなっています。その分ダシが効いて複雑で濃厚な味を醸し出してはいますが、売り物のうどんとしてはどうなのでしょう?言葉は悪いですが素人料理丸出しと言えなくもありません。

 でも、この1杯980円(山でこの値段は安いと思います)の鍋焼きうどん、一口啜った瞬間から私にとってはどこか懐かしいんです。毎日でも食べたい味でした。


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 下山を始めてからも私は、(なぜオレってあの鍋焼きうどんが好きになったのかなぁ…)ずっと考えました。

 そういえば鍋割山荘のご主人って、ガイドブックによると丹沢の山々を知り尽くしているらしく、彼を慕うハイカーも多いとか。“若い頃(今も?)はかなりモテたんだろうなぁ”と思えるほどにカッコイイご主人も、昔は自ら丹沢の山々を歩いていたのでしょうか?そしてその魅力に取り憑かれ、自分で山荘を経営してしまうまでに至った…のかな?

 山荘は麓の農家の人が副業として経営しているケースが多い、と聞いたことがあります。そういった山荘の経営者以上に山を愛する鍋割山荘のご主人は自分のように山を愛し、頂上に辿り着いたハイカーの疲れた体と心を癒したい、ただそれだけを考えてあの鍋焼きうどんを振舞ってくれているのでしょう。

 だから、その時に用意出来る材料限定とはいえ、多くの具をあれもこれも食べさせてあげたい、と心を込めて作るのだと思います。利益を考えたら“天麩羅うどん”“キノコうどん”と別メニューにしたいはずだし。山だけにもっと量も少なく、具もほとんど入っていなくて980円のうどんを出されても文句を言う人はいないと思われますが、そうしないご主人の仕事ぶりにハイカーへの愛情を感じました。

 愛情か…ああ、そうか…あの鍋焼きうどん、どこか懐かしい味だと思ったら…そうだよ、ガキの頃母が作ってくれた鍋焼きうどんの味にそっくりだったんだ…全て謎が解けました。

 母は私がガキの頃から、毎日の三度の食事も、幼稚園や高校時代の弁当も決して手を抜かずに一から作ってくれる人でした。当時私にとってはそれが当たり前だったので、友人が好んで食べる外食やインスタント食品、ジャンクフードに憧れたものです。大学時代に一人暮らしを経験して初めて母の作る食事の価値を知りました。

 その母も数年前から若年性アルツハイマーを患い、今では料理どころか私とのまともな会話すら不可能。逆に家族の介護無しでは生活出来ません。母が作る価値ある料理を最後に食べたのがいつだったのか…?それすらも遠い昔のことのように思え、正直全く思い出せないんですよね。学生時代はともかく社会人以降は自宅で食事する機会もぐっと減りましたし…。

 母はたまにですが鍋焼きうどんも作ってくれました。近所の蕎麦屋に注文して出前される鍋焼きうどんには入っていない、うどんの具としては不自然な(?)具もたくさん詰め込まれているのでつゆは濁りまくっている。

「こんなのうどんの具じゃねぇよ!」
「○○庵の鍋焼きうどんと全然違うじゃん!」

などと罰当たりな文句を言いながらも食べてみると、蕎麦屋のそれ以上に美味しかった。量産(?)出来ない類のメニューですからお代わりが出来ないのでゆっくり味わって食べたものです。

 当時の母もきっと、家族に出来るだけ多くの種類のものを食べさせたいがゆえにあれもこれもと具を集めてきたのだと思います。だから美味しかったのでしょう。だから鍋割山荘の味と同じだったに違いありません…今では確認したくても不可能ですけれどね…。

 母が作ってくれた鍋焼きうどんが美味しかったのは、今なら素直に“家族への愛情ゆえ”と理解出来ます。「料理は愛情」とはよく言ったものですね。同時にこの味は一般の蕎麦屋では今も昔も絶対にお目にかかれない一品。もう二度と出会えない幻の味になってしまっていたのか…。

 そんなことを考えながら下山していたら、自然に涙が溢れてきました。涙を流すのもいつ以来だろう…?溢れる涙は止まりません。オレはそんな優しい母の愛情に応えてきたのだろうか?もっともっと、時間を掛けて病気の母に優しく接してあげなければダメだ…息子失格、反省です。

 今回休暇を取って、晴れて、鍋割山に登ることを選び、そこに鍋焼きうどんがあって…これらの組み合わせが無かったら正直、母の鍋焼きうどんの味…いや、それを食べたことすら今後思い出すことは無かったかも知れません。何だか無性に優しい気持ちになれた一日でした。
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photo1
photo2


 ちなみにこの時、私は山荘で使用する水を6リットル(2リットル×3本)、ボランティアで運びました。鍋焼きうどん、5年前は980円だったんですね。値上がりしてる(笑) でもまだ安いと思うし、お釣り(小銭)が必要ない分1,000円で構わないと思います。

 料理って一般的に、味や香り、食感や見た目の美しさ、音など五感で感じ取ったことで評価されます。しかし実際には個人個人の記憶(思い出)も、料理を評価する重要な材料となるもの。番組ではたけしや石ちゃんら出演者が、単純に鍋焼きうどんを見て「美味しそう」「景色もいいし、あんな場所で食べたら最高だろうな」みたいな評価しかしていなかったことがちょっと残念でした…って、私の個人的事情なんて知る由もなくて当然なんですけどね(笑)

 こうして一つ一つ“人生の真実”(?)と出会えること、そして過去を振り返りおさらい出来ることはとても素晴らしいことです。そんな機会をまた得られるよう、今後も型にはまることなく、色々チャレンジしたいものです。


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